暴れる女
第一章ユカリ
静寂な朝
窓の外が 薄っすら白に染まる頃
一台の車が停まるや
威勢よくドアを閉める音と
言い争う声が響き渡る
車はアクセルを吹かし
走り去り
狭い路地に
空き缶を蹴った音が
カラカラと鳴り響いた
煙草を吸いながら
温い焼酎を口に含み
重い腰を上げる
何日も着続けた皺だらけのシャツ
延びた髪を後ろに束ね
無精髭を生やした姿で
マンションを出た
街灯の消えた朝もやの中
路地に座り込む女が居る
高価なスーツに身を包め
セットが崩れた髪で
手にヒールを持っていた
吸いかけの煙草を地面に投げ捨て
女の腕を持ち上げる
不機嫌に手を振り払い
俯いたままヒールを投げた
黙ったままヒールを拾いに行くと
もう片方のヒールを投げつける
ヒールを拾い
泥酔した女の腕を引き上げ背負う
「鞄は?」と聞くと
女は ふて腐れて
「知らない」と答えた
朝からジョギングに出掛ける住民と
マンションのエレベーター前で
擦れ違う
お互い顔を見ず
会釈だけを交わし
酒臭い女は首を背けた
玄関先で女を降ろすと
壁つたいに ヨロヨロと歩き
スーツを脱ぎ捨て
そのまま ベットに潜り込む
スーツを拾いハンガーに掛けて
温い焼酎を飲み干し
煙草に火を点けた
煙草の煙りが
揺らめきながら広がる
ベットで眠る女に
纏わり付く様に
出逢った頃を 思い返しす
よく笑う 可愛い女だった
『女』は名前を『ユカリ』と名乗った
それが 本名なのか
源氏名なのか
ユカリは スタイルのいい女だった
流行りのサングラスを頭に乗せ
スリムパンツで脚を組み
ブランドのバックを腕に掛け
ネイルの長い爪で煙草を挟み
スロットをしていた
煙りが充満するフロア
見慣れた顔ぶれの常連客
誰もがユカリを意識していた
クチャクチャに皺が寄った千円札を
掌で延ばして両替機と格闘していると
手元に一万円札が横切る
ユカリが差し出した金
痩せた猫背の男へ
一斉に常連客の視線が集まる
「家に来ない?」
一万円を握り
そのまま ユカリと店を出た
風俗嬢の気まぐれ
多分 僕が1番 貧相に見えただけの事
それから ユカリの部屋に居る
仕事もせず
ユカリの金で暮らした
何も求めないユカリは
よく笑う女だった
知識だけ詰め込まれた
僕のつまらないウンチクを
嬉しそうに聞いていた
綺麗な外見から
ガサツな言葉を話し
大口を開けて笑う姿が
たまらなく可愛いかった
けれど
ただ ひとつだけ
ユカリは異常に嫌う会話があった
その会話になる度
突然 何かに憑かれた様に
暴れだす
その都度 暴れ狂うユカリは
目に付く物を蹴り飛ばし
発狂しながら殴り掛かる
恐ろしい力で
落ち着きを取り戻す頃には
クタクタに疲れ果て
倒れ伏す様に寝る
目が覚めると
痛々しい傷を消毒しながら
ユカリは いつもと代わらず
明るい表情で笑う
~第一章~完