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御手紙 葉
御手紙 葉
novelistID. 61622
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spirit come home...

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僕は鞄を肩から提げたまま、全力で住宅街の狭い道を走っていた。左右に立ち並ぶ街灯がぼんやりとした明りをアスファストに放ち、宵闇の中でそこだけぽっかりと丸い円状の空間が広がっていた。
 雨が激しく地面を打ち据え、そして僕の体を殴りつけるように大粒の雫を降らせて僕を今すぐにこの地面へと這い蹲らせようとしているかのようだった。
 僕は既に全身がずぶ濡れになって、傘も持っておらず、肌は氷に押し当てられたかのように冷たかった。体が左右へと大きく揺れた。塾からの帰り道だったが、両親の迎えもなく、僕はこの土砂降りの中、ただひたすらに家へと目指して走っていた。
 早く、家に帰って暖まりたいよ。
 僕は心の中でそればかりを繰り返し、そしてさらに走るペースを上げた。そっと塀に沿って、曲がり角を横に折れたところで、ぱっと何か大きな光が僕の目の前で弾けたのだ。
 その光は黄金に輝いていて、それは一気に膨れ上がり、その瞬間――。
 僕は体がふわりと宙に浮き上がるのを感じた。光の先に見えたのは、大きな車体を突き出したワゴン車だった。ヘッドライトが獣の爛々と輝く瞳みたいに僕を宙で照らし出していた。
 僕は痛みも哀しみも、驚愕する気持ちも抱くことなく、そのまま思考が途絶えるのを感じた。

 僕の意識は真っ暗な水面の上に浮かんで、ぷかぷかと揺れていた。そうしてその夢も見ない、思考さえも無に溶けた恐ろしい状態が長く続いていき、やがて僕の心は水面からふわりと浮き上がり、光の方向へとゆっくりと上昇していった。
 そうしてようやく覚醒していくと、そこで瞼の先に淡い光を感じた。僕は体がどこか固い地面の上に横たえられているのを理解した。
 僕はそっと目を開く。すると、目の前にあったのは橙色の光を放つランプで、その取っ手を握っているのは小さな華奢な手だった。僕はそっとその手から腕、そして最後にその人物の顔へと視線を据えた。
 その少女は黒いマントをすっぽりと被っており、そして僕へと屈みこんで顔をランプで照らし出していた。僕はその青い瞳を見返して、身を起こそうとした。
 すると、彼女はそっと僕の背後へと手を回して、助け起こしてくれた。その手は柔らかく、やはり小さな温もりだけしかなかったが、僕の心をひどく安心させた。
 僕は煉瓦敷きの地面の上に座り込んでしまったが、その道は曲がりくねって先まで続いており、周囲をたくさんの家によって取り囲まれていた。
 屋根の色も様々で、木造の家もあれば、複雑な形をした石造の家もあった。空はすっぽりと闇が包み込んでおり、この家々の間に立つ街灯だけがぼんやりとした光を放っていた。
 そうした黄金の光に溢れた空間を長い事見つめていると、そこで少女が顔を近づけてきて言った。
「こっちに来て」
 そっと少女は僕の手を握って、立ち上がった。そして、すぐにゆっくりとした足取りで歩き出した。僕は不安になり、「ここはどこなの?」と聞いてみた。
「ここがどこであるかは私にはわからないの」
 そう言って少女は振り向き、困ったように笑ってみせた。その目はラピスラズリのように透き通った青をしており、鼻や口は小さく、それがどこか愛らしかった。フードの隙間からちらちらと金色の髪がのぞき、彼女の肌はぞっとするほどに白かった。
「このたくさんの家は何? どうしてこんなに一杯あるの?」
 すると少女はうなずき、青と黄色で壁を塗られた一つの家を指差して言った。
「あそこにある扉はね、色んな世界への入り口になってるのよ。扉を開けると、その人が望んだ通りの世界がその先に待っているの。ある人は草原を望んで、ある人はただの住みやすい家を望むの。すると、どの家の中にもその人の願望通りの部屋が出来上がるのよ」
 僕は全く理解することはできず、彼女が歩き出すと、彼女の後に続いて家々の方向へと首を伸ばしていた。
 するとそこで家の扉が開き、一人の男が出てきた。そうして僕は、その戸口の先に見えた景色を見て、声を失った。
 そこにはたくさんの木々が立ち、小鳥達のさえずりが響いていたのだ。森の中の景色がどこまでも続いており、そして男は扉を閉めると、門扉の側にあったポストから手紙を取り出し、再び家のドアを開いた。
 すると、次に戸口から見えたのは、雲の上の景色だった。朝陽が雲の隙間から照り輝き、それを見て、男は歓声を上げながら中に入っていく。
 少女は僕の手を引き、「こっちよ」と言った。すると、そこにははるか頭上まで螺旋状の階段が続いており、僕はそっと彼女に促されるままにその階段を上っていった。
 彼女の黒いマントが風にそよぎ、僕の鼻先を擦った。僕はそうして何百段かわからないその階段を上っていき、やがて横へと振り向いた時、声を失った。
 すると、そこにはたくさんの家が立ち並ぶ丘が見えた。辺りは暗闇に包まれているのに、その家々の周りだけオレンジ色の淡い光が溢れて、僕は思わず立ち尽くしてしまった。
 少女はしばらく僕の横に立って、僕と一緒にその景色を見つめていたが、やがて僕の手を引いて、森へと向かって歩き始めた。
 たくさんの背の高い木々が揺れ、ざわざわと葉擦れの音を響かせていた。僕はその暗闇へと入って、少女の手をぎゅっと握り、彼女へ身を寄せて進み続けた。
 彼女はじっと前を見据えて何も喋らなかったが、しかし時折こちらに振り向いて、にっこりと笑いかけてきた。
 僕は「ここは、どこなの?」とぽつりとつぶやいた。すると、少女は首を傾げ、そして言った。
「私にもわからないの。ただ、気付いた時にはこの世界にいたから」
「僕はどうしてこんなところに?」
「わからない。それしか言えないわ」
 そう言って少女は目を伏せ、何かを言い出そうとした僕を見て、ただ何度も笑いかけてくるだけだった。
 そうしてずっと歩き続けていると、そこで遠くから光が見えてきた。僕はそっと彼女へと振り向き、「何か見えるよ」と言った。
 彼女はうなずき、そして僕の手を強く引いて、早足で歩き続けた。
「あそこにあるのはね、願いの街よ」

 僕は最初、その広場を目にした時、何かのお祭りをしているのかと思った。中央に噴水があり、その周りにたくさんの石像が立っている。背中に羽の生えた犬の石像だったが、それがとても恐ろしい顔をしていても、楽しそうに踊っている人達はそんな珍獣の存在などすっかり忘れてしまっているようだった。
 たくさんの人々が手を握り合って踊り、そしてアコーディオンや笛などが広場に心地良い音楽を響かせていた。とても明るい雰囲気に溢れていたのだ。
 僕はしばらくその様子を見つめていたが、自分がどうなってしまったのかわからないその不安がどこか消え失せていった。そして、すぐにでもあの人達の仲間に加わって踊ってみたいと思えてくるのだった。
 すると、少女がそっとフードを頭から下ろした。その瞬間現れたのは、とても長い美しい金髪をした少女の姿だった。彼女はにっこりと微笑み、僕の手を取ると、広場へと駆け入った。
 少女はくるくると踊り出し、僕もそれに合わせて足を滑らせたが、彼女に何とかついていくことができた。少女はくすくすと笑いながら踊り、僕も徐々に笑顔を浮かべながらそれに続いた。
作品名:spirit come home... 作家名:御手紙 葉