TOWA
そこで叔父さんの目があさひさんの手元にある『それ』に気付き、ぱっと表情が華やいだのがわかった。
「それってあさひちゃんが書いたのか? すごいな、だってそれ何枚あるの?」
あさひさんはその原稿の束をそっと胸に抱え、そして俯きながらぽつりと「五百枚」とつぶやいた。僕と叔父さんは同時に顔を見合わせて、目を剥いてしまう。そこまで書き続けていたなんて、本気なんだ、あさひさん。
「すげえな。俺も一週間で二百五十枚ぐらいは書いたことがあったけど、この短期間でそれぐらい書けるなんて、初心者とは思えないな」
叔父さんはそう言ってちらちらと原稿の方を見るが、苦笑してすぐに視線を逸らせてしまう。おそらく、こないだ自分が原稿を読んであさひさんを怒らせてしまったのだろうと、まだそのことに気を遣っているのだと思った。
だが、今のあさひさんはもう、そんな些細なことで涙したりしないから。
「オーナー。この原稿、最初だけでもいいから、読んで感想聞かせてもらえませんか?」
あさひさんがどこか緊張した面持ちで叔父さんを見つめて、そっと原稿をつかんで彼に差し出した。叔父さんは驚いたように彼女のそのまっすぐな瞳を見返し、そして頭を掻きながら、「わかったよ」と受け取った。
僕はあさひさんと顔を見合わせて、微笑みを交換し合う。彼女が自分の恋をかけて、すべての心と魂を込めて書き綴ったものだ。すべての感情が凝縮されて、叔父さんを想って作られた作品なのだ。
叔父さんがかつて桜さんに自分の恋を賭け、作品を渡したように、あさひさんも自分の全ての恥と意地をかなぐり捨てて、叔父さんにその想いをぶつけたのだろう。
「お……なんだこれ、最初からすぐに謎が出てきて、いい感じじゃねえか。文章も引き締まっているし、ちゃんと背景もしっかりしてるな。おう、こりゃ達也のよりもすごいかもな」
叔父さんはそんなことを言いながら、数分間ずっとその作品を読み続け、やがてあさひさんへと振り向いて真顔で言った。
「間違いなく、俺が今まで読んできたアマの作品の中では、トップを争う作品だったよ。それに、なんというかな、これでもかってぐらい何か気持ちをストレートに訴えかけてくるんだよな。主人公がその年上の男に告白する時なんかは、自分が言われているような、そんなドキドキする展開だった」
そして、叔父さんは原稿をテーブルに置くと、最初のページを開いて、そこにあるべきものを探しているようだった。
「あれ? これ、タイトルなんて言うの?」
あさひさんは大きく息を吸い、そして決然とした表情で言った。
「『永遠(とわ)』の、あなたが好き、です」
あさひさんがそう言った瞬間、わずかにおじさんの表情が変わったような気がしたが、すぐに彼はいつもの通りの笑顔を浮かべ、そして――。
その喫茶店にはいつものように明るい話し声が響き渡っていた。僕は自分が今、ここにいられることにどうしようもなく心を震わせて感動していた。
だって、この喫茶店には、ただの楽しさだけじゃなく、色々な悩みや悲しみ、問題などが一緒に詰まって、それで一つの形として補完されているのだ。
ただ楽しいだけじゃなく、苦しんで苦しんで、掴み取った未来だからこそ、僕はそんなことを成し遂げた彼女を本当に誇らしく思う。
結局僕は自分の本当の気持ちを伝えられずにいるけれど、それでもいつか、自分のすべてをかなぐり捨てて、その想いを筆に乗せ、彼女に伝えたいと思う。
そして、彼女のタイトルを少しだけ変えて、伝えてみるのがいいかもしれないと思うのだ。
「永遠に、あなたが好き」、と。