銀の錬時術師と黒い狼_魔の島
最果ての大地に吹きすさぶ吹雪のような、冷たい男の声が響く。その声は、レギウスの耳と頭のなかで同時に反響した。
(赦さんぞ……)
レギウスは障壁を破ろうとしている巨大な指をにらみつける。
これは神の指だ。
おそらくは冥界の王の。
冥界の王が自分の計画を台無しにしようとしているふたりに神罰を下そうとしている。
神は怒り狂っていた。
すさまじい殺気が物質的な圧力となって障壁をへこませる。障壁の表面を覆う虹色の輝きがしだいに薄れていく。いまにも破裂してしまいそうだ。
(死ね、虫ケラども。わが闇の王国に墜ちてこい)
レギウスの背中に喰いこんだリンの爪から力が抜けていく。自分の腰にしがみついたリンの腕を外して彼女をしっかりと抱き寄せる。リンには目を開ける力さえ残っていなかった。
「……クソッ!」
視野がどんどん濁っていく。押し寄せる苦痛が甘美な暗黒を呼びこみ、レギウスの意識をむしばんでいく。
(リンを守って……)
怒髪天を突く神の声とは別の、穏やかで優しい声がレギウスの胸のうちにこだまする。
無数のつぶやきのなかでその声だけが、〈神の骨〉を通してはっきりと伝わってきた。
(この声……ブトウなのか?)
(リンを……守って……きみがリンを守って……)
リンを守る──
それが、あの日に立てた誓い。
それが、自分で決めた、自分の新しい生き方。
(あんたに言われるまでもねえよ!)
そこから先はなかば無意識の行動だった。
レギウスは吼えた。
身体の奥底から、心の奥底から、魂の奥底から、吼えて、吼えて、吼えた。
〈神の骨〉がまぶしく輝く。
妖刀の柄を両手でにぎる。その両手に、そっと別の手が添えられる。男の手。トウモロコシの髭と同じ色の髪が視野の端にチラリと見えた。
自分の頭上にのしかかる神の指にレギウスは真っ白な刀身をたたきつけた。
全身全霊のありったけの力を刃にこめて。
リンへの想いをあますところなく刃にのせて。
切っ先が神の指を切り裂き、肉を断ち割って、その奥に隠されていた骨すらも粉砕する。
神が苦痛に身悶えた。
空が墜ちてきたかのような怒号が大地を揺るがし──
そして──
太陽が溶け崩れた。
作品名:銀の錬時術師と黒い狼_魔の島 作家名:那由他