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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 彼女たちは、同じ顔、同じ身体を持った双生児だ。ただ、眼の色だけが違う。
 リンには双子の姉妹がいたのだ。
 どちらがリンなのか、レギウスには判別できない。碧眼の少女なのか、それとも翠眼の少女なのか──いや、リンはなんて言っていた? 自分の碧い左眼を彼女は「犯した罪の罰」だと語っていたんじゃないのか。彼女の両眼は、もとは芽吹いたばかりの若葉と同じ色だった。
 ということは──
 柱の陰からふたりをのぞいているのがリンなのだ。
 青年といっしょにいるのは、リンの双子の姉か、もしくは妹。レギウスにも明かしたことのない、リンの分身。
 リンの顔をした少女が唇を離し、はにかんだ笑みを浮かべる。青年が温和な笑みを返す。少女の銀髪を繊細な指ですき、頬から喉、喉から鎖骨のくぼみを紅い唇でたどっていく。
 青年がつぶやく。少女が応えてふたりは見つめ合い、もう一度、唇を重ね、舌をからめる。
 柱の陰からそれを観察していたリンが苦痛に顔をゆがませ、サッと身をひるがえす。
 逃げていく。
 目の前の現実から、愛し合うふたりから、そして、取り戻すことのできない残酷な過去から……。
 レギウスの前に立つリン──左右で色の違う妖瞳を持つ少女は、声もなく泣いていた。
 白い頬を涙が伝い落ちていく。口が震えて、レギウスには理解できない言葉をつむいでいく。
 声をかけるのがためらわれた。リンと双子の姉妹のあいだになにがあったのかは知らない。
 だが、もとの持ち主は彼女の姉妹であろう、美しい碧い眼が、いまはリンの左眼に収まっていることから、彼女の口にする「罪」も、旧帝国を追放された理由も、おおよその見当はついた。それを確かめる勇気はレギウスにない。その権利もないと思う。
 わたしもあなたと同じ咎人(とがびと)ですから──リンのさきほどの告白が、レギウスの胸を騒がせる。
 赦されざる罪業は、リンとレギウスの身体にしみついた、決して消えることのない腐臭なのだ。
 ふたりを包みこむ金色の結界の膜が揺れた。
 レギウスはハッとする。
 殺気が一気に膨張する。それがかたちを得て、四方から押し寄せてくる。
「リン! 来るぞ!」
 過去に没入していたリンの反応が一瞬、遅れる。現実に立ち返るまでの数瞬のあいだに、異形の影が結界のなかに踏みこんできた。
 レギウスは〈神の骨〉を抜く。
 刃が鞘走る音。
 妖刀が闘いの予感に調子の外れた歌を放吟(ほうぎん)する。武器に封じこめられていた亡霊が解放された。
 結界をくぐり抜けてきた敵の姿にレギウスは背筋が寒くなる。
 三年前、雪のなかでレギウスが殺したあの少女だった。悲鳴をあげながら死んでいった少女。少女が笑う。笑うと、口のなかから黒いよだれが飛びだしてきた。
 レギウスはうなった。飛んできた黒い粘液を〈神の骨〉でたたき落とす。目に見えない床に落ちた粘液がジュッと煙をあげる。
 少女の後ろからいくつもの人影が現れる。全員、レギウスが殺した人間だ。母親と幼い子供、歯の抜けた老人、鍛冶職人、六神教の僧侶、自警団の男たち。陰気な目つきでレギウスをにらみ、群がって、包囲する。
「クソが!」
 一歩前へ出た少女の胴体を〈神の骨〉で両断する。人間のものではない真っ黒な臓物が傷口からこぼれだす。
 吐き気をもよおすような悪臭。耳ざわりな絶叫。
 少女がくずおれる。黒い水たまりとなって溶けていく。
 レギウスは三年前の殺人をそっくり繰り返す。
 違う、そうじゃねえ、と心のなかで強く否定する。
(おれが殺してるのは人間じゃねえ! ここに棲みついてる魔物だ! ヤツらの姿にごまかされるな!)
 胸の奥からあふれだしてきた冷たい感情が全身の筋肉を凍らせる。
 母親を求めて泣き叫ぶ子供の頭を断ち割る。子供がおぞましい悲鳴をあげる。
 母親がヒステリックに笑う。黒い唾を吐く。
 肺が焦げるような異臭。真っ赤な爪がレギウスを引き裂こうとして空中をすべる。
 リンの悲鳴。口に両方のこぶしをあて、金切り声をあげる。
 レギウスは目を丸くする。
 碧い眼をしたリンと同じ顔の少女が、緩慢な動作で結界のなかへと踏みこんでくる。
 リンを目にして、銀髪の少女がにっこりと微笑む。腕を伸ばし、リンに触れようとする。
「来ないで……こっちに来ないで!」
 リンがあとずさる。
 銀髪の少女の後ろから、あの美青年が現れる。微笑み。愚鈍なまでの、結晶化したかのような微笑。
 青年の笑顔がリンの息をつまらせる。
「リン!」
 リンに近づく少女と青年を排除しようとして、レギウスは身体ごと向きなおる。
 足を踏みだしたレギウスを、リンは射抜くような鋭い眼光で制止した。
 リンは震える指で空中に青く光る文字を描く。
 リンの美貌を縁取る、煮えたぎるような感情は、悔恨でも悲嘆でも恐怖でもなく──純粋な憤怒だ。
 罪悪感を燃やしつくすほどの激しい怒り。
 それが彼女を、鏡像から抜けだしてきた敵に立ち向かわせている。
 リンは過去から逃げていない。
 戦っているのだ。レギウスといっしょに、過去の怨霊に負けまいとして。
 第二種術式文字がおどる。
 文字が光り輝いて、不可視の力を解き放つ。
「結式──旋輪(せんりん)!」
 リンとレギウスの周囲で時間が加速する。
 魔物が時間の激流に呑まれ、全身にかぶっていた虚像をはぎとられる。
 人間の姿だったもの──リンと同じ顔をした少女も、美しい青年も、陽射しにあぶられた雪のように溶け崩れ、その下から眼も鼻も口もない、のっぺりとした黒い影が出現した。
 影がすすり泣く。鼓膜をすりつぶすような叫び声がよどんだ空気をかきまぜる。
 普通であれば時間を加速されて急激に老化するはずだが、時間のない世界を徘徊(はいかい)してきた魔物には通用しないようだ。
 輪郭のはっきりとしない影がうごめいて、なおもリンとレギウスを押し包もうとする。
「消え失せろ!」
 レギウスは無心に刀を振るった。
 リンとのあいだに感じる絆の強さが彼の力を倍加した。知覚が鋭く研ぎ澄まされている。血潮が血管のなかでうねり、燃焼して、無限のエネルギーを放出する。
 影を斬る。刃に手応えはない。まるで霧を切り裂いているような感覚だった。
 それでも、神でさえも殺す〈神の骨〉の破壊力は衰えていない。斬りつけられた影は叫び声をあげてドロドロに溶けていく。
 影たちが黒い粘液を吐きだして攻撃する。
 リンがとっさに錬時術の術式を結んで、時間を止める。凍結した粘液のかたまりをレギウスは片端からつぶした。
 新しい影が現れる。
 きりがなかった。数が減らない。むしろ増えていく。
 結界の外にうっかり出てしまったレギウスの右足に骨まで凍るような冷たい感覚が走った。レギウスはあわてて右足を抜く。
「リン!」
 レギウスは正面に立った三体の影を斬り伏せる。リンのほうを振り向く余裕はない。増強された体力が急速に消耗していくのをレギウスは自覚した。
「このままじゃもたねえ! ここから逃げるんだ!」
「待ってください! いま、わたしの錬時術で……」
 リンの言葉が途切れる。鋭く息を呑む音が背後から聞こえた。
 レギウスも感じた。全身の毛がおぞけ立つ。