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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 ジスラが肩越しに振り返り、事務的な声音で告げる。鏡に映ったジスラがひどく物悲しげな表情をしているような気がした。
「って、どうやって入るんだ?」
「それなら殿下がご存知ですわ」
 リンは鷹揚(おうよう)にうなずき、指を動かして空中に青い軌跡を曳いた。第二種術式文字。闇から生まれた青く輝く文字の群れが、あたかも宝石でできた心臓のように伸縮し、音もなく鏡面に吸いこまれていく。
 リンが結式句をつぶやく。
「結式──破輪(はりん)」
 鏡面が揺らめいた。銀色の波紋が幾重にも生じて鏡像を引き延ばし、ゆがめていく。
 リンが目顔でレギウスを促す。
 ジスラは口許をぴくつかせた。ずっとためこんでいた言葉が彼女の口をついてでる。
「……どうしても行かれますの、殿下?」
「はい」
 リンにそれ以上、言を継ぐ様子がないので、ジスラはいらだちをおもてに表した。
「いまさら引き留めてもムダなんでしょうね。殿下のその強情さは、きっと〈青き血を継ぐ者〉の始祖から受け継いだ悪弊(あくへい)ですわ」
「わたしのことをほめているんだと思っておきますよ、ジスラ」
 リンが柔らかく微笑むと、ジスラは痛みをこらえるような苦笑を返した。
「ご無事をお祈りしていますわ」
「あなたにはとても世話になりました。ありがとう」
「しっかりと殿下をお守りするんですよ、護衛士殿」
「そのつもりだ」
 ジスラはいまいましげにフンと鼻を鳴らす。鏡の前から一歩下がり、ふたりに道を譲った。
 リンが左手を伸ばしてレギウスと手をつないだ。力をこめる。レギウスが強い力でにぎり返す。
「行きましょう、レギウス」
「ああ」
 リンが鏡に向かって先に踏みだす。
 リンが鏡面に接触すると銀色の波紋がさざめき、銀髪の少女の全身をスッと呑みこんだ。衣ずれの音さえも道連れにしてリンの身体が鏡のなかへと入りこんでいく。彼女と手をつないだレギウスが、そのすぐあとに続いた。
 鏡面をくぐり抜けるときにわずかな抵抗を感じたが、想像していたような息苦しさは覚えなかった。それは落下感覚の欠いた、悪夢のなかの墜落に似ていた。
 入口の鏡を通り抜けると、そこはもう〈破鏡の道〉の内部だった。