小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

INDEX|40ページ/74ページ|

次のページ前のページ
 

 ズダズダにされたリンの巫女装束は新しいものをジスラが用意してくれた。色はうっすらとした黄緑色。なんだかとても生地が薄いような気がする。リンの身体の線が透けて見えるし、やたらと襟ぐりが深いせいで、豊かな胸の谷間の半分以上が露出している。本来の巫女装束にはないはずの、腰まで届く側面のスリットからは、なまめかしい白い太腿がのぞいている。どうも意図的なものを感じさせるデザインだ。リンもレギウスと同感だったらしく、困惑げに自分の身体を見下ろしている。
「……ちょっと大胆すぎませんか、これ?」
「あら、殿下の魅力を最大限引き立ててくれますわよ。その証拠に、ほら、殿下の護衛士はもう釘付けですわ」
 そのとおりだった。レギウスの視線はリンの胸に吸着していた。
 リンの頬がポッと朱に染まる。レギウスにすべてをさらけだしたのに、それでもやっぱり恥ずかしいと感じるのか、いまにもはみだしてしまいそうな胸を両腕で隠した。リンの自然な媚態(びたい)にレギウスはわれ知らず興奮する。
「これほど魅力的な女性なのにどうしてあなたはなにもしてあげられませんの? 信じがたいことですわ」
「…………」
「まあ、相手が殿下ではなくて、このわたくしでしたらもっと違った結末になったでしょうに……」
「ああ、そうだろうよ。きっとおれはあんたに殺されてるな」
 ジスラがオーッホッホッホと高笑いする。まったくいまいましい、とレギウスは思う。
「いまここでもう一度、挑戦してみてはいかがかしら? わたくしのことは気にしなくてもよくってよ?」
「するか!」
「しません!」
「まあ、残念ですわ。どんなことでも喜んでお手伝いいたしますのに……」
 オーッホッホッホ、が三回も続く。これ見よがしに立派な胸を揺すって。
 不発に終わったリンとレギウスのいじましい努力が、ジスラにはどうにもおかしくてしかたがないようだ。先に立って〈破鏡の道〉に通じる区画へと案内しながら、まだ思いだし笑いを洩らしている。
 笑われているレギウスにとってみれば、おかしくもなんともない。背中の荷物を揺すりながら、憮然としてジスラの数歩後ろを歩く。リンは論評する気にもなれないらしい。レギウスと肩を並べ、黙ってジスラのあとをついていく。
 あまり使われていなさそうな廊下──灰色の板を敷きつめた床にはうっすらと埃が積もっていた。
 ジスラの〈城〉のなかにある〈破鏡の道〉の入口は、普段は封鎖された階層にあった。この〈城〉を造営した何代か前の城主は用心深い性格だったようだ。新大陸に移ってきて、ここに住みついたジスラでさえも、厳重に封鎖された階層を発見するのに十年以上の月日を費やした。もっとも、迷子になったジスラの従者が偶然に発見しただけで、こんな場所があるとは彼女もついぞ知らなかったらしい。
 ジスラから〈破鏡の道〉を見つけた経緯を聞かされていたはずなのに、いつの間にか話題はまたもやリンとレギウスの努力不足に回帰していく。うんざりしたふたりが黙りこむと、ジスラは大仰に肩をすくめた。
「それで結局、殿下と護衛士の絆を強めることはできましたの?」
 のんびりとした口調でジスラが尋ねる。
「ああ。ビンビンに感じてるよ」
 レギウスはうなるような声で、
「なんかこう、頭のなかの靄(もや)がすっきりと晴れたような気分だ」
 これは嘘じゃない。激甚な苦痛と引き換えに手に入れたリンの血の効果は、レギウスに著しい身体的な増進をもたらしていた。
 いまならまるまる三日三晩、ぶっつづけで戦えるような気がしていた。全身に活力がみなぎっている。普段より足取りも軽い。皮肉なことに、役立たずのままだったレギウスの一部も見事な復活を果たしていた。が、それをすぐさま再利用しようとはさすがに思わなかった。
 まるで火がついたかのように、左のてのひらの刻印が熱をはらんでいる。リンとの絆を通して、彼女の心情がおぼろげながらに伝わってきた。機嫌が悪いみたいだが、その一方で消化不良の気持ちも彼女のなかにくすぶっていた。この代償はきっと高くつくことだろう。
 レギウスの肉体を強化する血の効果は一時的なものだ。たぶん、一日しか持たない、とリンは予告した。
 リンと契りを結べば、効果はもっと持続するらしい。ケガの治りもずっと早いという。
 リンは明言しなかったが、どうやらブトウは精力絶倫だったようである。リンのほうがフラフラになるぐらいの、底なしの回復力をほこっていたみたいだ。そこまでの体力はレギウスに望めない。実際に試したことはないが、おそらくは連続して三回が限度だろう。
 それはさておき。
 血の効果が薄まる前に〈破鏡の道〉を通り抜ける必要がある。
 リンが教えてくれた。〈破鏡の道〉には固有の時間がない。時間の流れが凍結しているのでなく、そもそも時間そのものがないそうだ。
 だから〈破鏡の道〉を通っているあいだ、外の世界では時間がごくゆっくりと過ぎていく。主観的な時間の尺度にしておよそ五時間で、一日分の距離をまたぎ越すことが可能だ。ということは、五日間の旅程を踏破するのに〈破鏡の道〉のなかでほぼ一日を過ごす計算になる。
 一日。ちょうど血の効果が持続する時間と同じだ。短いようで、とてつもなく長く感じる一日になるだろう。
「〈破鏡の道〉の出入口はあちこちに分散しています」
 と、教師然とした口調で、リン。
「それこそ、鏡の数だけ出入口があります。そのなかから目的地へとつながる鏡を見つけだすのです」
「どうやって? おまえ、道を知ってんのか?」
「〈破鏡の道〉には案内人がいますのよ」
 と、ジスラが教える。
「案内人?」
「そうですわ。案内人が道を教えてくれるから、迷うことはありませんわ。ただし、〈破鏡の道〉をうろつく化け物からは守ってくれませんから、くれぐれも用心しなさい」
 長い廊下の角を何度か折れると、周囲にはますます荒廃が目立ってきた。
 黒ずんだカビが天井と壁を侵食し、空気には胸が悪くなるような異臭がよどんでいる。過去に埋没した誰のものともわからない肖像画が、闇を押し進む三人の姿をうつろな眼差しで見送っていた。
 声をかけるのもためらわれて、レギウスは口をつぐむ。腰に帯びた〈神の骨〉が声にならない声で鼻歌を口ずさんでいる。
 前方の暗がりのなかにぼうっした丸い光が浮かんでいた。近づくと、それはジスラが持つ蛍光樹の灯りの照り返しだった。
 ジスラが立ち止まる。廊下はそこで行き止まりになっていた。蛍光樹の灯台を高く掲げ、壁にはめこまれた四角い枠を青白い光で照らす。枠のなかから照度の落ちた光が返ってきて、ジスラの身体の輪郭を縁取った。
 レギウスは目を細めて、壁のなかのものを注視した。
 それは縦に長い鏡だった。
 横幅はひとが腕を広げたぐらい、縦はレギウスの背丈よりも大きい。長(なが)の年月が過ぎ去っていったはずなのに、不思議と鏡面に曇りはなかった。
 鏡のなかから、くすんだ色彩のレギウス自身がうさん臭そうに彼を見つめ返している。レギウスの隣に映る、鏡のなかのリンは、淡い銀髪と白い肌が溶け合って、まるで忘れ去られた古代の亡霊のようにも見えた。
「ここが〈破鏡の道〉の入口ですわ」