小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

INDEX|36ページ/74ページ|

次のページ前のページ
 

「ターロンは竜皮病で死んだ恋人──フィリアという女性を生き返らせようとしています。彼はそれだけのために〈統合教会〉の錬時術師となったのです」
「……バカな。狂ってる!」
「そうですね。ターロンは狂気にとりつかれてるのかもしれません。でも、わたしには彼の気持ちがわかります。わたしにも……生き返らせたいひとがいますから」
 レギウスは喉元まで出かかっていた悪態を呑みこんだ。死者の顔がドッと押し寄せてくる。これまでに殺してきた人間の、記憶すら定かでない無数の顔が、彼の周囲でぐるぐると乱舞する。顔がせせら笑う。それが不揃いな輪唱となってレギウスの心耳(しんじ)を騒がす。
 小気味のよい音がレギウスの意識を現実に引き戻す。横目でうかがうとジスラが黒リンゴをかじっていた。
 ジスラがレギウスに黒リンゴを一個、手渡す。とまどったが、急に喉の渇きを覚えて黒リンゴにかぶりつく。黒い果肉の酸味が舌を刺した。
「ターロンという男が錬時術を使って死んだ恋人を生き返らせようとしていることはわかりましたわ。〈第二図書館〉に侵入して〈死者の書〉を盗んだことも、術式に必要な時晶を手に入れるために竜を殺したことも、すべては目的を達成するためですわね」
 ジスラは考えこみながら黒リンゴをかじって、
「でも、どうして〈嵐の島〉へ向かったんですの? あそこは……」
 そこでジスラは息を呑んだ。顔に動揺の色を浮かべてリンを見つめる。ジスラの手のなかで半分にかじりとられた黒リンゴがグシャリとつぶれた。
「……なんか知ってんのか、あんた?」
「巨神が逃げこんだ〈世界のはざま〉と地上を結ぶ〈黄昏の回廊〉には七つの出入口があります」
 と、リン。淡々とした口調は崩さずに。
「そのうちのひとつが〈嵐の島〉にあるんです」
「……な?」
「この事実はごく一部の者しか知りません。〈統合教会〉でもそのことを知ってるのは、おそらく教主そのひとと至爵の爵位を持っている最高幹部だけでしょう」
「それだけじゃありませんわ。〈嵐の島〉にある〈黄昏の回廊〉の出入口は封印が壊れかかってますの」
「じゃあ、二百年前に巨神の信徒が〈嵐の島〉に渡ったのは……」
「〈黄昏の回廊〉の出入口をふさぐ封印を完全に破壊するためです。巨神を地上に解き放つのが彼らの真の目的でした」
「〈統合教会〉の錬時術師では壊れかかった封印を復元できませんわ。だから、時間の流れを止めて島ごと封印したんです」
 手のなかでつぶれた黒リンゴの残骸をジスラはひと口で飲みこんだ。手についた真っ黒な果汁を舌で丁寧になめとる。
「どうやら全体が見えてきましたわ。ターロンは巨神と取引をしたんですね。死んだ恋人をよみがえらせる禁忌の術式を手に入れる代償として、〈黄昏の回廊〉の封印をこじ開ける……そんなところではなくって、殿下?」
「そのとおりです。ターロンは二百年前に巨神の信徒が果たせなかったこと──この地上に巨神を呼び戻そうとしています」
「そんなことが可能なのか? どうやったら神がつくった封印を破壊できるっていうんだ?」
「それも〈死者の書〉に書かれていたのではなくって? 〈第二図書館〉から盗みだされた本は二冊だったはずですわ。つまり、ターロンが求めていた術式はふたつだった、ということです」
 リンがうなずいて、ジスラの推測を肯定する。
「大量の時晶を使って何百万年もの時間を一気に加速させる術式です。その術式を使えば、封印を劣化させて破壊することができます」
「〈死者の書〉を手に入れたら、その時点でさっさとフィリアを生き返らせればいいじゃねえか。どうしてわざわざ〈嵐の島〉に渡る必要がある?」
「時間を逆流させる術式には制御の難しい第二種術式文字が使われています。ターロンひとりだけだと成功はおぼつきません。おそらく、〈嵐の島〉まで来ればターロンに手を貸すという約束になってるんでしょう」
 会話が途絶えた。リンもジスラも不意に口をつぐむ。
 レギウスは食べ残した黒リンゴを寝台のわきに置かれた小さなテーブルに転がした。その音がやけに大きく響いた。
「……おれたちにはどれだけの時間的な余裕があるんだ? ターロンが〈第二図書館〉に侵入したのは十一日も前だ。あれからすぐに〈嵐の島〉へ向かったとして、いまごろはもう島に着いてるはずだぜ。封印を壊すのに儀式がなにかが必要なのかもしれないが、ヤツが仕事を終えるまでにどれぐらいかかる?」
「はっきりとはわかりません。ただ、ひとつだけ確実なのは、封印がいちばん弱まる時期を見計らって破壊するだろう、と思われることです。いくら大量の時晶があったとしても、普通の人間の力では五柱の神々がつくった封印を破ることはできません。時間を逆流させる術式と同じように、制御が難しい部分には巨神の手助けが不可欠ですし、封印そのものが弱まる時期を選ぶ必要があります。ターロンはそれを計算に入れて行動してるんです」
「それが日食のときなんですわ」
 ジスラが物静かな声で告げる。
「太陽と月が互いを食する日食のときは、地上を覆う五柱の神々の力も弱まりますわ。封印を破壊するとしたら日食が進行している最中のはず……いまから三日後ですわね。つまり、三日後には〈嵐の島〉に到達していないとターロンを止めることはできませんわ」
 レギウスはこぶしを固くにぎりしめる。
 三日後。月の女王が示したその刻限までに〈嵐の島〉にたどり着くのは不可能だ。
 どれだけ馬を飛ばしてもここから国土を横断して東海岸に到達するまで、最低でも五日間はかかる。それから船に乗り、〈翡翠海(ひすいかい)〉に浮かぶ孤島へと渡るのにさらに一日ほどか。
 どうあっても間に合わない。ターロンを止めることができない。
「承知しています」
 リンの声は落ち着いている。吐息をつき、ジスラをまっすぐに見つめる。一語一語をかみしめるようにして言う。
「普通の方法では三日で〈嵐の島〉へ渡ることはできません。ですが、この〈城〉には東海岸までの距離を大幅に短縮する抜け道があります。それを使うしかないでしょう」
 ジスラのきれいに整った眉がはねあがる。
「まさか……〈破鏡(はきょう)の道〉のことかしら?」
「それしか方法がないんです。月の女王が〈太陽の都〉へ向かうように、と指示した意味……あれは〈第二図書館〉を調べなさい、というだけではなく、〈破鏡の道〉を通りなさいという意味もあったんでしょう。わたしはそう確信しています」
「危険です! 〈破鏡の道〉がどういう場所なのか、殿下も知ってるはずですわ!」
「どんな危険も帝国から追放されたわたしには無意味ですよ、ジスラ」
 ジスラは押し黙る。リンをにらみつけた。リンも負けじと等圧力の視線を返す。レギウスだけが意味もわからず、渋面をつくる。
「おい、なんだ、その〈破鏡の道〉ってのは?」
「文字どおりの意味ですわ」
 つと目線をそらし、ジスラが険しい口調で語る。
「創世主戦争の時代に巨神の軍勢が通り道として利用していた、世界と世界のあいだの隙間のことですわ。鏡の奥に隠された通路──それを使えば、どんなに離れた場所でも短時間で移動できますの」
「神出鬼没の敵に手を焼いた五柱の神々が〈破鏡の道〉を徹底的に破壊しました」