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銀の錬時術師と黒い狼_魔の島

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 一方、リンは錬時術師という仕事柄、これまで何度も図書館に足を運んでいる。〈第二図書館〉は統合者戦争以前の時代の稀覯本(きこうぼん)だけを集めた分館──とはいえ、貴族の邸宅よりも大きい建物だ──があり、その分館を取り仕切る三人の司書のうちのひとりとリンは昵懇(じっこん)の仲だった。
 司書は、オウズという名前の青年だ。
 レギウスはこの男が嫌いだった。まず見かけが気に入らない。痩せぎすで、肌は病的なほどに青白く、本人はそれを気に入っているのか、亜麻色の長い髪を太い三つ編みに束ねて背中に垂らしている。縦に細長い馬面、むやみに長いまつげに縁取られた糸のように細い両眼、血色の悪い薄い唇。
 決して美男ではないが弁舌さわやかで、官僚の子弟ということもあり、彼を目当てに図書館を訪れる女性も存外にいるらしい。たぶん、リンもそうした女性のひとりだと思われたのだろう。
 長剣を振りかざした憤怒の形相(ぎょうそう)の、巨大な黒曜石の戦士像が向き合う正門を通り抜けて分館に向かうと、若い女性の助手が受付でふたりを呼び止めた。
 助手はリンの全身を無遠慮な目つきでジロジロと値踏みしたあと、まるでハエでも追っ払うように邪険に手を振った。オウズを呼んでほしい、とリンが頼んでも、けんもほろろの応対を繰り返すばかりだ。
「リンさんじゃないですか!」
 助手との押し問答にいい加減辟易(へきえき)してきたそのとき、オウズ本人が受付に顔をのぞかせた。
 リンの姿を認めて、司書のうりざね顔が喜色に輝く。助手を押しのけて前に出ると、彼女の両手をにぎりしめてブンブンと勢いよく上下に振った。
「わざわざ会いに来てくれたんですか、ぼくの小鳥ちゃん?」
(なにが、ぼくの小鳥ちゃん、だよ! 虫唾(むしず)が走るわ!)
「おや、きみもいたんですか、金魚のうんちくん。あいかわらず汚らしい身なりですね。なんだかにおいそうですよ」
(てめえに言われたくはねえ!)
「どうです、リンさん、これからお食事でも?」
「食事はまた今度で……それより、教えてもらいたいことがあるんです」
 オウズはリンの両手をにぎったまま、グッと顔を近づける。その勢いに気圧(けお)された彼女はたじたじとなった。
「なんなりとお教えしますよ、ぼくだけのかわいい女神さま」
「……よくもそんな恥ずかしいセリフを臆面(おくめん)もなく言えるな、あんたは」
「教養のないきみには無理だろうね、金魚のうんちくん」
「おれは、金魚のうんちくん、だけか? もっと詩的な表現はねえのかよ?」
「じゃあ、紫色に腫れた目の上のものもらいくん、でいいかな?」
(……いつか絶対に殺してやる)
 武器の携行は認められない、ということでレギウスの〈神の骨〉を没収されそうになり、そこでまたひと悶着があったが、オウズがふたりの身許を保証することでなんとか収まった。
 オウズを先頭に三人は受付を抜けて、建物の奥へと進む。そのあいだもオウズの口はしきりに動いていた。リンの美しさをほめそやし、どれだけ彼女のことを真剣に想っているのか、レギウスが聞いたこともないような語彙(ごい)を駆使して美辞麗句を並べる。
 オウズはリンが何者なのかを知っている。知った上で彼女を熱烈に崇拝しているのだ。〈三日月の湖亭〉の女将(おかみ)のフェンもそうだが、そういう人間はいつの時代でも、あるいはどんな場所にも必ずいるものである。〈統合教会〉が邪教と断じて徹底的に弾圧しても、巨神を崇拝する人間があとを絶たないのと理屈は変わらない。
 リンは笑顔を絶やさずにオウズの賛辞を受け止めていた。オウズが彼女の肩をさりげなく抱き寄せようとしたときは、レギウスが身体を張って阻止した。
(いっそのこと〈神の骨〉でたたき斬ってやろうか……)
 腰に帯びた〈神の骨〉の柄に思わず手が伸びる。威嚇だけで司書のおしゃべりを押しとどめることは不可能だ。いざとなったら実力行使が必要かもしれない。が、オウズの際限のない軽口を封じたのは、妖刀の一撃ではなく、リンが発したひと言だった。
「……賊に奪われた本がなんなのか、知りたいですって?」
 重厚な一枚板でつくられた書庫の扉の前でオウズは立ち止まり、あるかなしかの薄い眉をそびやかした。
「どうしてこの図書館に賊が侵入したことを知ってるんです? そんなの、公表してませんよ?」
「ジスラに教えてもらいました」
 と、リンが正直に答える。
 オウズは渋面をつくり、腕を組んで自分の肘を指先でつつく。
「あの竜の女性ですか。ぼくも会ったことがありますよ。まあ、彼女ならこの都市(まち)で起きてることはなんでも知ってるでしょうね」
「あなたならなにかご存知ではないかと思ったんです」
「残念ですが……そればかりはお教えするわけにはいかないんですよ」
「教えられないって、どういうことだ? ちゃんと説明しろ」
 オウズは冷ややかな視線をレギウスに放った。
「教えられない理由を教えるわけにはいきませんね」
「ふざけてんのか? あんたの意志に関係なく教えてもらうこともできるんだぜ?」
「まさかぼくを拷問する気ですか?」
「そんな手間がかかることはしねえよ。おれがその気になれば……」
「レギウス、そこまでにしてください」
 リンが軽くたしなめる。おもしろくない。レギウスは唇をとがらせた。
 それをさも愉快そうな顔でながめていたオウズに、リンが物静かな口調で、
「もしかしたら、奪われたのは〈死者の書〉ではありませんか?」
 どうやら図星だったらしい。オウズは目を見張る。首を縮めて周囲をコソコソと見回し、ささやくような小声になって、
「まさか、そんな……。なぜあなたが知ってるんです? あの本の存在を知ってるのは、分館の司書と館長だけなのに……」
「以前に実物を見せてもらったことがあります」
「おかしいな。ぼくはリンさんを地下書庫に案内したことはないはずですが……」
「あなたではありません。五年前、ここの館長に、です」
「館長ですって?」
 オウズはこめかみを指でもむ。ため息をつき、苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「それはけしからん話ですね。あの本を部外者に閲覧させるなんて、立派な規則違反ですよ」
「館長はそういう規則にこだわらないかたのようですね。館長権限で特別に、と案内してもらいました」
「ああ、そういうことでしたか。いかにもあの館長らしいな。美しい女性にはとことん弱いですから」
「フン。あんただってひとのこと言えねえだろ」
「違いますね。ぼくは女性全般に親切なんですよ。容姿とか年齢は関係ありません」
「……で、奪われたのは本当にその〈死者の書〉とかいう本なのかよ?」
「あまり大きな声で言わないでください。あの本の存在は国家機密……いいえ、人類全体の秘密なんですから」
「ずいぶんとおおげさなんだな」
「それだけ危険な本だということです」
「そんなに危険なら、さっさと処分すればいいじゃねえか」
「それができれば苦労しません。あの本はそれ自体がひとつの錬時術なんです。処分なんかとんでもありませんよ」
「お願いです。わたしたちを地下書庫へ案内してくれませんか?」
 オウズの顔面がひきつる。が、ためらっていた時間は短かった。