紅装のドリームスイーパー
花鈴は自分の胸に手を押しあてる。おれは小さくうなずく。花鈴はふっくらと微笑んだ。
そして、自分の自転車を押して、帰っていった。
おれはそれから十分ぐらい、公園のベンチにとどまっていた。砂場にいる母親たちのとがった視線が痛い。子供たちは水飲み場から水を汲んできて砂場を黒っぽい泥に変え、一心不乱にシャベルでこねくりまわしている。
自分の唇に触れた。未遂のキス。惜しいことをした。タイミングが悪かった。このガキどもさえ来なければ、あのまま……。
そのとき、おれの心のなかで急速にひとつの情景が浮上してきた。
古びて錆びついた記憶。いままで思いだすこともなかった記憶。
「あ……思いだした、約束」
作品名:紅装のドリームスイーパー 作家名:那由他