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紅装のドリームスイーパー

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 おれたち四人が小学五年生のときだ。林間学校で山間(やまあい)のペンションにみんなで泊まった。
 そこでの毎年のイベントはご多分に洩れず肝試しだった。
 肝試しといっても墓地をとおりぬけるわけじゃない。ペンションからキャンプファイヤーの会場までの山道をふたりひと組で歩くだけだ。途中で脅かすオバケ役もいない。ただ、真っ暗な山道を歩くだけ。難易度の低い肝試しだった。
 おれは花鈴と組んだ。花鈴は意外と臆病だった。行きたくないらしい。虚勢を張る余裕すらなかった。ブルブルと震えている。おれが守ってやるから、と約束すると、ようやくコクリとうなずいた。
 緩い傾斜の続く山道を急ぎ足で歩いていく。満月に欠けた月が出ているだけで、まっすぐな道は闇のなかに沈んでいる。妙に生温かい風がおれたちの露出した肌をなめていく。
 懐中電灯の光のなかに虫が飛びこんできただけで花鈴は悲鳴をあげた。ギュッとおれにしがみつく。おれはそんな花鈴を鼻で笑った。悪ふざけしてみようという気持ちにさせられた。「あ、人魂だ!」と、ふざけて叫んだら、花鈴はワッと泣きだした。
 花鈴はひと一倍、感受性が強かったんだと思う。映画を観てもポロポロ泣くし、本を読んでも大粒の涙をこぼしていた。昔からそういう女の子だった、花鈴は。
 あわてて「ウソだよ」と言って聞かせても、花鈴は泣きやまなかった。いつまでも鼻をグズグズさせている花鈴がうっとうしかったのはいまでもよく憶えている。懐中電灯を花鈴に押しつけ、彼女をその場に残しておれは山道を走った。花鈴は泣き叫ぶだけで、追いかけてこなかった。
 置き去りにされた花鈴を助けたのは、クラスの女子と組んだ菜月だった。花鈴は道の真ん中に座りこんで泣きじゃくっていたという。おれは菜月から激しくなじられた。悪いことをしたな、と思ってすぐに謝ったけれど、花鈴はしばらく口をきいてくれなかった。

 まったく、ひどいことをしたもんだ、おれは。どうしてあんなことをしたんだろう?
 解答はすぐに出てきた。泣きやまない花鈴がうっとうしかったから、というのもある。それ以上の動機──花鈴を泣かせた罪悪感からおれは逃げたかったのだ。悪いのは自分じゃないと思いたかった。
 いま思えば、ずいぶんと自分勝手で卑怯な言い草だ。
 まだ小学生のガキだったが、おれはあのとき、花鈴を守るって約束したのに彼女を見捨てて逃げだしたんだ……。
 そこまで思い起こして、昨日、雨のなかで花鈴が別れ際につぶやいた言葉が頭のなかで再生された。
 あのときもわたしを守るって約束したじゃない。ウソつき──花鈴はそう言った。
 そうか……そういうことだったんだ。
 花鈴がおれをあまり頼りにしたがらないのは、きっとあの経験が彼女のなかでいまでもくすぶっているからなんだ。
 おれは一度、約束を破っている。あんなことが過去にあったから、花鈴はおれを心底から信用していないのだろう。
 いままで忘れていた。正直、おれにとってはたいしたことじゃなかったから。
 だけれど、花鈴にしてみれば、決して忘れることのできない裏切りだった。
 最低だな、おれは。
 卑屈に笑う。笑った分だけ、冷たくも熱い感情が心の奥からこみあげてきた。
 花鈴。
 消えた少女。おれは彼女を取り戻す。なにがなんでも奪回する。そのためにはなんだってしてやる。
 菜月。
 生き返った少女。今日、二年ぶりに彼女の笑顔を目にした。二度と見られないと思っていた笑顔だ。
 菜月だって助けたい。梁川は両方を助けるのはムリだ、と断言した。本当にそうだろうか? なにかしら方法があるかもしれない。現実世界の裏の裏をかく、奥の手が。
 優柔不断だと梁川はたしなめるだろう。子供だな、とまたもや笑われるかもしれない。
 笑われてもいい。簡単にあきらめてたまるか!
 葵……おれの考えを聞いたらどんな顔をするだろう? わかってくれるだろうか?
 それとも、葵もおれのことを子供だと思ってなじるだろうか?