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紅装のドリームスイーパー

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 大樹が菜月とまったく同じことをおれに言う。フォークに刺したつけあわせのニンジンをポイと口に放りこみ、大樹が目を細めておれをじっと見つめる。ほどよくケチャップがからんだパスタを口に運んでいたおれは、中途半端な高さで手を止め、上目遣いに大樹を見返す。どこか威圧的な色が大樹の瞳の奥にくすぶっていた。おれの返答を待っている。さながら敵に降伏勧告を突きつけた司令官みたいに。菜月が大きな眼をパチパチとしばたたいて、おれと大樹の横顔を、息をひそめてうかがっている。
 おれは微笑んでみせた。ごく自然に。
「ああ、もちろんだ。行ってこいよ、甲子園にさ」
 大樹がニヤリとする。菜月がホッと口許を緩めた。テーブルの上にたまっていた重い空気がスッと流れていく。ステーキを夢中になって頬張っている駿平はまるで気づいていない様子だったが、森はこの場の雰囲気を敏感に感じとったのだろう、メガネのブリッジを右手の中指で押しあげ、気遣わしげな一瞥をおれに投げかける。
 おれは笑顔を崩さない。演技する必要もなかった。大樹は友達だ。それを強く意識する。
「翔馬も野球をやってればよかったのに。おれといっしょに少年野球チームに入ろうって誘っても、おまえはいつだって関心なさそうだったよな」
「ムリだって。おれに野球は向かねえよ」
「じゃあ、翔馬にはなにが向いてるんだ?」
 ドリームスイーパーとなって夢魔と戦うことさ、と心のなかで答えつつ、口に出しては、
「さあな。おまえと違ってなんのとりえもない人間だからな、おれは」
 それを社交儀礼の謙遜と受け止めたのか、それとも弱気な心情の吐露と解釈したのか──大樹はピクリと眉尻を持ちあげ、なにか言いかけてそのまま言葉を呑みこむ。一呼吸分の間を置くと、歯の隙間から言葉を押しだすようにして大樹は言った。
「……翔馬はサッカー少年だったよな、どっちかというとさ」
「まともにパスもできなかったけどな」
 おれが笑うと、大樹もつられて笑い声をあげる。
 大樹はハンバーグの切れ端をフォークの先でつついて、
「おれもサッカーをやってたら、翔馬といっしょにインターハイに出られたかもな」
「それはねえよ。中学入るまえにサッカーはやめてたんだから」
「いまはなにもやってないだろ?」
「まあな。やりたいと思うようなことも特にねえし……」
 菜月が明るい声で口を差しはさむ。
「そのうち翔馬にだってなにかやりたいことが見つかるわよぉ、きっと」
 おれのやりたいこと──
 いまはそれがかなりあやふやになっている。
 さっきから仏頂面を崩さない森をからかう菜月の声を聞きながら、おれは何度も自問する。
 おまえはこの世界をぶち壊したいのか、と。
 菜月を墓碑銘に刻まれた戒名だけの死者に戻したいのか、と。
 わからない。おれには決められない。いや、決めたくない。
 熱くもなく、さりとて温くもないお湯にいつまでもつかっていたいと思うこの気持ち──この微妙な温もりがおれの心を撹乱(かくらん)する。
 生きている死者の菜月。
 大樹はそんな彼女の隣で愉快そうに笑っている。
 花鈴がいなくなっても誰も気にしない。

 おれはこの世界をどうしたいんだ?