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冬日三重奏

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男は、女を恥かしめては喜び、いたぶっては興奮した。一方的な関係に見えるがそうではない。それは、男の全くの錯覚である。いたぶられているという自分を楽しむもう一人の自分がいるのだ。男根を心が受け入れる、そう意識すれば、体の快感も一層深まる。内外が呼応して、性感を高度化する。

女は「つまらない」「待つだけはいや」と男に言い募って、男に仕事を探させた。女はピアノを弾くアルバイトを始めて、女の演奏日はつしか客があふれるようになったから、この店の常連である男を深く満足させた。
その店で、多彩に楽器を扱って女のピアノに同調する教授が、女の境遇に心を寄せたのだ。男と教授とがならんで座る。
「このこ、上から下までみんな、俺が買ってやった。下着もみんな」
男が教授に自慢する。女は微笑んで見過ごす。
男が友人たちの席に移動した時、教授は
「君は面白いなあ、男がほっとかんなあ、おれも好きやけど」
「そやけどなあ、もっとええ女になれるで、君は」
女はうまいことを言うと感心した。ほめながら、女が自ら良い変化へのきっかけを作ろうとするようほのめかす言葉、話しかける相手が自らすっと立ち上がるような、力を与える言葉、そうだ、女は言葉を欲していたのだ。
女は教授の言葉を心の中で繰り返した。こいつはいい、確信した。教授は不能だというが、ジャズが武器である。世界をわがもののように語りつくす言葉の数も、夫の比ではない。教授へのあこがれ、尊敬心は、新たな信仰心を抱いたようにも錯覚した。
「美はね、完成、バランスや言うけどな、不安定、アンバランスが感じられるのがすごい美やな」
「すごい美があるんですか」
「すごい美があるね」
教授は自分にも言い聞かせるように、女に話し続けた。
「不穏やな、不穏さが美には、いるな」
「まったくわかりません」
そうは言ったが、女は真剣なまなざしを向けた。男は女の強い好奇心を受け取って話題を広げていった。
「高橋和巳が、壊れない美とはなにか、って書いてた、な」
「もうさっぱりわかりません、でもこういう話、好きです」
女はほとんど理解できない言葉ばかりだったが、先を促すように相槌を打って、目をそらすことなく耳を傾けたので、教授の熱意は変わらなかった。
「縛らしてほしいな」
教授は、話題を中断して、女に言った。女は自信たっぷりに目でほほ笑んだ。すると、女のスタイルを、腰まで届く長い黒髪をほめあげ、緊縛の美とそのモデルについて、こむつかしく語るのだった。
「まるでオルグしてるみたいやな」
教授は学生運動用語を持ち出して間を取りながらも、時代と文学を話し続ける。その表情と言葉をたしかめながら、女は教授が自分をとても大切にしている、と心を動かされた。このような感動的な事件は、初めてで新鮮だった。

愛欲三重奏
冬の朝も陽光が部屋に差し込んでくる。陽ざしを瞼に受けて、その温かさを感じて女は目を覚ました。昨夜、カーテンを閉め忘れたのを思い出した。お酒を飲みすぎて眠り込んだのだった。中断された夢の続きを手繰ろうとして、意識がさらに覚醒されていく。目がさえてくる。体はけだるくて、目覚めを拒んでいる。
色情狂の女が主人公の性夢だった。誰かわからない男性が次々と現れては、花芯をまさぐっていく。男性のイメージは変転するが、見当はつく。しかし誰でもいいと思う。
「ゆっくり動いて」と女は男性に注文する。
「ゆっくりね、そうそのくらい、ああ、いいわ」
女は男性をリードするように話し続ける。
女は男性に乗って、男性自身を深く受け入れている。自分でも腰をゆっくりと上下させて摩擦を楽しんでいる。飽きてくると、男性に下から突き上げさせるのだった。
女は上が好きだった。男性自身の硬さや太さをじっくり味わえるこのゆっくりとした上下動がとくに気に入っている。夢の中ではあるが。
男性がクリトリスに手を伸ばすと、子宮が動く。すごい快感が女を包み込む。
「あなた、いやらしいわね」
「君の方がいやらしいと思うよ」
その声は定年間近の教授に変わっている。教授はなぜか独身である。
教授は不能だから、言葉のやり取りも最後まで冷静なのが、性欲の持続には極めて効果的だとわかった。貴重な経験をしたと思う。
性交のさなかに交わす言葉が深い喜びの波動を起こし、よせてはかえすのだった。
「いきそうや」
「ダメ、ダメ」
女は状況をコントロールする。射精はないが、それに近い快感が起こるというから不思議だ。
「じっとしてて」
そういいながら、教授の胸に上半身を重ねていく。
「あたたかい」
女は男と胸を合わせるのが好きだ。きっと、大学時代の先輩に嫁いだせいかもしれない。宗派でも第一級の知識人として期待されている夫は尊敬すべき男性だったから、その胸で甘えるのが好きだった。
そこで場面はたちまち変わる。
布団の中で裸になって待ち「何も着てないのよ」と夫を挑発する。夫が横に入ってくる。背を向けているのにどうしようと迷う。思いきって夫に体を向けて抱き着く。夫は背中ごと抱きしめる。
「ああ、抱きつきたかったのよ」
甘えた声で独り言を言う。女の理解では、それが愛の手順だろうし愛の品格だろうと思う。抱きしめられただけで満ち足りてくる。
夫は本山のある京都の老舗から、お香を取り寄せているが、女はその中のお気に入りを部屋にたくことがある。お香はどこか官能を刺激するようなところがあり新婚の二人は気に入っていた。
お香をたくと夫はていねいに愛撫する。耳を噛んだり首筋に唇をはわしたり、人が変わったように体をもてあそぶが、挿入はしないのだ。それがどうしてかはわからない。
こんなにもやさしかったのかと勘違いするほど時間をかけて撫でまわす。女には被虐的な感情が生まれてくる。暴力は一切ないが、責めさいなまれて、もう好きにして、身を任すような自堕落な気分に陥った。
「ねえ」
夫にすがるように声をかける。必死の思いでその言葉を吐き出した。夫が無視すると、女は足を大きく開いて、腰を上げる。もう自然にそうなってしまうのだった。これも被虐というべきかもしれない。
夫は熱くたぎっている女の体をじっと眺めているばかりだった。夫には愛人がいるに違いないと確信した。心の中で期待している激しい性愛は他のだれかに向けられているのだと。
この性夢も虚実がはっきりとしない。
またもや幕が下り、今は岡崎の和風ホテルの布団の中にいる。
教授は「序の舞」の主人公が岡崎で密会し、不倫していたと解説した。その和風ホテルはいかにも「序の舞」を思い起こさせるにふさわしい。御簾の向こうに大きな布団が敷かれていて、映画のシーンのように思えた。
「縛ってもええか」
不能の教授は口説く。縛られるのはあの男の好きなことで慣れてはいるが、嫌なことだったから
「なんで縛るんですか」
と反論した。教授は実践編でどういう言葉で自分を納得させようとするのか、興味があった。
教授はしどろもどろになって
「軽くな、きれいになるかなと思う」
「痛いのは嫌です」
「痛くないようにするから、縛らせてくれ」
作品名:冬日三重奏 作家名:広小路博