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daima
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サンタとまん丸お月さま -クリスマス編-

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俺と詩織は出会った頃を思い返しながら見つめ合った。


「な?……じゃねえよこんちきしょー。何で俺がわざわざ息子のノロケ話聞かされなきゃなんでぇんだよ」

「なんでって、父ちゃんが聞いてきたんだろうが!」

「あーーやめたやめた阿呆くせー。俺は帰るぜ、三太車出せ」

「えーマジかよ本当かよー。めんどくせえなぁー」


と言いながら、俺は速やかにエンジンをかけ内心ガッツポーズで車を発進させた。そもそも赤ん坊の事まではまだ秘密しているとはいえ、詩織の親父さんには交際自体は公認して貰っていたのだ。

ようは詩織の妊娠とミサキ建具の娘だってことを父ちゃんに伝える、ミッション『仰天告白!?源さん恩人娘の義父となる』さえクリアしてしまえば、俺たちの心配事は解決したも同然だった。

帰り道、車を駐車場に戻し三人で近所の角を曲がりかけた所で、俺は慌てて父ちゃんを引き止めた。あいつが家にやってきていたのだ。


「痛てーな三太! 急に止まんじゃねえよ」

「シー! 父ちゃんちょっと黙っててくれ」


玄関先で幸が何やら中年男と揉めていた。見覚えのあるセンター分け……あれはサチの高校時代の担任教師、宮部だった。

配達中に、偶然街で二人が歩いている所を見かけたことがある俺は、カップル然とした雰囲気に嫌悪感を……いや、完全にムカッ腹が立っていたんだ。

何故かって?

俺とサチは同じ高校出身、つまり、サチが付き合っているであろうアイツに、嫁さんも子供もいるってことを知っているから。

それに、そもそも今日はクリスマスイヴだぞ。詩織に何にも用意してやってない俺が言うのも何だが、妻子持ちがノコノコと家にまで来るなんて。


「あれ? ありゃー宮部先生じゃねえか。今日は懐かしい顔によく会う日だぜ、まったく……」


二人のただならぬ雰囲気にさすがの父ちゃんも何かを察してしまったみたいだ。その苦々しい顔と口をついて出た言葉の温度差が、却って父ちゃんの感情を物語っていた。


「帰って。家にまで来るなんて先生何考えてんのよ」

「君が全然電話に出てくれないからでしょ? ほら、プレゼントだって持ってきたんだよ。それとも、僕のこと嫌いになっちゃったのかい?」

「もう! いちいちそうやって言葉に出してくるとこが嫌なの! わかってよ……きまってるじゃない。わかってよ……」

「くそっ、アイツ!」


たまらず二人の前に出ていこうとした所で、今度は反対に俺が父ちゃんに腕を掴まれ止められた。


「どーも先生! お久しぶりでございます。また今日はどんなご用で?」

「と、父ちゃん……」

「あぁー、あの藤木さん、今日は幸さんにお会いしたくて。実は僕たち真剣に……」

「先生やめて!」

「真剣に……なんだい?」

「し、真剣に交際しています。ご存知の通り現在僕には妻も子供もいますが、すでに別居状態でして。もうすぐ正式に離婚も成立しますし、これ以上彼女を不安にさせない為にも是非お父さんにお会いして……」

「あんたバカじゃねえのか! サチ、こんなおっさんに騙されんじゃねえぞ!」


俺は思わず割って入ってしまった。サチがどれだけ真剣に交際していたとしても、宮部に妻子がいる事実がある限りこれは不倫なのだ。そんな交際相手の父を目の前にして、こんな身勝手な主張をする男が妹を幸せになんてできるはずがない。


「三太……」

「なんだ父ちゃん、止めても無駄だぜ」

「店の奥からガンド取ってこい」

「ふぇ!? ガ、ガンド?」


ガンドとは丸太を切り落とす時に使う、刃渡り六十センチ程もあるウチの店で一番大きなノコギリである。


「いいから早く取ってこいバカ野郎!」

「お、おう」


俺はいつにも増して半端ない父ちゃんの圧力に負けて、脱兎のごとくガンドを取りに店に走った。


「ほ、ほらよ……ガンド」

「おう」


ガンドを手にした父ちゃんは、まず目の前の濁った空気をブオンと太い風切り音と共に袈裟斬りに切って見せた。

誰もが緊張で動けない中、返す刀で二度目の轟音が鳴り響く。さらに太く、さらに疾く。

刃先全体に怒りを帯びて、大振りすぎるその鋸歯は宮部の鼻先でピタッと止まった。


「お願い、止めて父ちゃん!」


どれだけ幸が泣き叫んでも、何ひとつ変えられないことをこの場の誰もが理解していた。


「先生」

「は、ははい?」

「あんた今日が何の日か知ってるかい?」

「もも、もちろん、クリスマスですよ。だからこうして、か、彼女を迎えに来てるんじゃないですか」

「やっぱ何にも知らねんだなー。今日はこいつらの母親の、命日なんだよ」

「え? 命日……ですか?」

「あぁー、ウチじゃぁーどんなに忙しくってもこの日だけは、家族揃って飯を食うのよ。母ちゃんの好きだったすき焼きをな。……それによ」

「そ、それに、なんなんですか! さっさとこれ下ろして下さいよ。警察呼びますよ、あなた無茶苦茶ですよ」


父ちゃんは宮部の言葉を無視して続ける。いや、余りにも軽い宮部の言葉は、父ちゃんの耳に届いてさえいないのかもしれない。


「あんた順番を間違えてねぇか? 今日がクリスマスって言うならよ、女のとこになんか来てねぇで、一番に子供さんのサンタになってやんなよ」

「だから、わかんない人だなぁー、妻とは別居してるって言ってるでしょうがー!」

「そんなてめえ勝手な事情で、親子の約束破ってんじゃねえぞ バカタレが!」

「ぼ、僕は仕事人間でしたからねぇ。教え子の為に尽くしてきた代わりに、自分の子供は全く懐いてくれませんでしたよ。そんな約束、した覚えもない」

「違うぜ、違うぜ先生……。あんただって子供が生まれた時に抱っこしたんだろ? 転んで泣いちまった時、痛くねー痛くねーって抱きしめてやっただろ? それが約束だよ」

「………?」

「俺たち親はよ、子供を抱きしめる度に約束してんだよ。体いっぱい使って、でっけー指切りしてんのよ。心配いらねー、俺がいる。ずっとずっと守ってやるってなぁ」

「そ、そんな綺麗事……。そんな、そんな……ウ、ウゥ……」


俺はこの時初めて、大の大人が泣きじゃくるのを見たんだ。


「サチ、送てってやんな。あ、そうだ先生、そういやー今日ウチにも出来損ないのサンタクロースが来たぜ。へへ……この俺がお爺ちゃんだとよ」

 

               *


次の年の四月、俺と詩織はやっぱり結婚式を挙げた。今まで育ててくれた父ちゃん達に立派な晴れ姿を見てもらうためだ。

集合写真の父ちゃんは飲み過ぎと泣き過ぎで顔がグシャグシャで、もう一度全員を集めて撮り直せとこの写真を見る度に無茶を言っている。

あれからすぐに、サチは宮部ときっぱり別れた。


そして……


その後十年間、サチは恋することを……止めてしまった。



〈つづく〉