ポストマンの歌が聴こえる
俺はケンを見送った後ダッシュで自分の部屋に入り、二十年後の自分からだという手紙を読み始めた。
*
二十二歳の君へ
この手紙をどう書き出せばいいのか、僕自身戸惑いながら書いています。突然二十年後の自分から手紙が届いて、困惑していることとも思う。
いや、そもそも簡単に信用できるはずなどないし、何かの詐欺ではと疑っているかもしれない。仕方ない、それは仕方ないです。
何故なら、この手紙が本当に君の元へ届くのかどうか、一番疑っているのは僕自身なのだから……。
そうだなぁ、まず僕が本当に未来の君だって事が分かってもらえるように、自分にしか知りえない事を書きます。
二十二歳の君は、そろそろ仕事のペースにも慣れ、初めての新車を買い、仲間達と毎週のように合コン三昧で青春を謳歌している頃だね。
でも、新しい出会いを幾度繰り返しても彼女を作らない。
贅沢だって友人達から突っ込まれても、『俺って超面食いだから』って冗談みたいに笑ってごまかしてばかり……。
嘘だね。本当は、四年も前に分かれた由紀ちゃんの事が忘れられてないんだ。どこかでもう一度彼女とめぐり逢い、やり直せると信じているんだ。
どうだい? 図星だろう。ちょっとは信用してくれたかな? だって四年も昔の彼女を引きずってるなんて、恥ずかしくて誰にも言ってなかっただろう?
勿論、今の僕はその想いがどうなったのか知っているわけだが、そこは敢えて秘密にしておきます。先の読めている恋程つまらないことはないからね。
さて、君と恋バナをする為にわざわざ時を越えて手紙を出したわけじゃないから、そろそろ本題に入ることにします。
こちらの世界では、婆ちゃんが亡くなって丁度二十年が経ちました。ドキッとしたかい? そう、君の大好きな婆ちゃんはもうすぐ死んでしまうんだ。
いや、大好きだったといううべきかな。僕がこう表現した理由は、今の君が一番良くわかっていると思う。
認知症……そちらではまだ痴呆症と呼ばれている症状が酷くなるにつれ、君は婆ちゃんを敬遠するようになっていったね。
深夜徘徊して、ご近所さんに嘘ばかりつく婆ちゃん。ご飯を食べても食べても満足できず、夜中まで食べ続ける婆ちゃん。
風呂に入らず、自分で用も足せずオシメをしている婆ちゃん。君のことを『どなたですいな?』って聞いてくる婆ちゃん。
でも、思い出して欲しい。君は……いや、お前は思い出さなきゃダメなんだ。
ヤンチャ坊主で両親から叱られてばかりだったお前を『大ちゃんは悪くない』って、いつも庇ってくれてたのは誰だ?
夕飯を抜きにされた時、母さんに文句言われながら、ラーメンとヤキメシ部屋まで持ってきてくれたのは誰だ?
時間が遅くて見せてもらえないテレビ番組を、こっそり自分の部屋で見せてくれてたのは誰だ?
タケノコ掘りに小川のワサビ、スモモにアケビ、山蕗取り。山の恵みと一緒の生き方を教えてくれたのは誰だ?
全部全部、婆ちゃんだろう!
スーパーカーブームの余韻の残る時代、まだ幼稚園児だったお前はランボルギーニ・カウンタックが大好きだった。
そして、婆ちゃんにカウンタックのミニカーを買ってもらった時、大喜びしてこう言ったんだ。
「俺が大きくなったらスーパーカー買って、絶対一番に婆ちゃんを乗せてあげる!」
婆ちゃんが息を引き取る間際、最後に手を繋いでるのは誰だと思う?
まだ元気だった頃、優しくてチャーミングで、誰からも愛されていた婆ちゃんだから、もう最後だって時は沢山の家族や親戚に布団を囲まれる。
それでも当然のようにお前は、婆ちゃんの枕元に、婆ちゃんの一番傍に送りだされるんだ。皆んなが皆んな、誰のことを婆ちゃんが一番大切に想っていたかを知っているから。
そしてお前は何年ぶりかで婆ちゃんと手を繋ぎ、色んな出来事を思い出すんだ。スーパーカーの約束もな。
葬儀の日、お前は自分と愛車の写った写真をそっと棺に入れる。婆ちゃんが天国でお前と一緒に車に乗れるように……。
何だそれ?
そんなのただの自己満足だろう! 婆ちゃんは待ってたんだ。いつかお前が『婆ちゃん乗って』って車のドアを開けてくれるのを。
約束を忘れていた? 嘘つけ、殆ど風呂に入ってない婆ちゃんを新車に乗せたくなかっただけだろう?
カウンタックじゃない? 一生そんな車は買えない、買うべきじゃないし買えるお金もない。
でも、でもな、最後にこれだけは言っておく。婆ちゃんに車の種類なんて関係なかったんだよ!
『大地の運転する車』
それだけで、どんな車だろうが婆ちゃんにとっては『スーパーカー』だったんだ。
じゃあな、僕の勝手な気持ちの垂れ流しを、最後まで読んでくれてありがとう。
二十年後の君より
*
「うぅ……婆ちゃん、俺は……俺は」
未来から届いた手紙が、握り締めた拳の中でギュッと音を立てた。
いつの間にか頬を伝う涙で顔中が熱い。いや……違う、もうわかってる。
顔中が熱いのは泣いているせいなんかじゃない。今の自分自身の姿がとんでもなく恥ずかしいからだ。
少し仕事を覚えたくらいで、自分の力だけで大きくなったように得意になって。
自分で稼いだ金で大きな買い物ができた高揚感で、ひとり悦に入っている。
婆ちゃんゴメン! 本当にゴメン! マジでゴメン! ゴメンなさい!
このグチャグチャな顔を洗ったら外に出て、助手席のドアを開けるから、
どうか俺の車の隣に乗ってください。
〈了〉
作品名:ポストマンの歌が聴こえる 作家名:daima