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ヒトサシユビの森 3ナカユビ

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「そんな大事なこと、なんでもっと早く言わねえんだ、茂木! 面食らっちまったじぇねえか!」
蛭間は早口にまくしたて、イラついた声を茂木にぶつけた。
蛭間健市県議会議員事務所と書かれた看板の前で、外套の襟を立て、携帯電話を耳にあてた。
「ごめんよ、健ちゃん。頭が混乱して整理がつかなかったんだ。不気味でさ」
「相変わらず気の小さい男だな、茂木は」
「健ちゃんも指さされたんだろ。坂口も玉井も。おかしいよ、もしかして・・・」
「茂木、滅多なこと言うもんじゃねえぞ」
「5年前、僕たち・・・」
「俺はこれからお偉いさんの接待がある。話は、明日だ。茂木、溝端かざねから目を離すなよ」
蛭間は軽く舌打ちして、携帯電話を外套のポケットに突っ込んだ。
茂木は携帯電話の電源をOFFにすると、院長室の革張りの椅子に身を沈めた。



かざねは病院の駐車場に停めてあるミニローバーにもたれて、タバコを吹かした。
いぶきは病院に戻っていなかった。予想はしていたが、実際そのことを職員の口から聞くと、かざねは身を切り刻まれる思いだった。
雪乃に合わせる顔がないと、駐車場の隅で長い時間佇んだ。
いぶきを見失って、たかだか数時間。半日も経ってないが、5年前の出来事がかざねの脳裏に蘇り、不安と焦りを煽った。
当時、子どもの行方不明事件を”神隠し”という者もいた。
だが現代社会においてそんな非現実的なことはあり得ない。
さちやは何者かに拉致された。誰かが犯罪の意図をもってさちやを連れ去った。
かざねにはそうとしか考えられなかった。
いぶきも同じように行方不明だ。ところがいぶきは拉致されたわけではない。自ら進んで病院を抜け出し、行方知れずになっている。
初めて訪れる町で、いぶきは右も左もわからないはず。携帯電話も持ってない。なのにまるで何かに誘われるかのように、目的をもって彷徨している。
人見知りで内気で、家でテレビばかり見ていて、母親の尻ばかりくっついてくるいぶきに、いったい何が起きているのだろう。
携帯電話の着信音が鳴った。
ショッピングセンターの保安室からだった。かざねはタバコをヒールのつま先でもみ消して電話に出た。
残念ですが、という言葉で始まる警備員の話に、かざねは再び心を痛めた。
「申し訳ありませんが、これより先は警察事案になるかと思われます」
と言い残して警備員は電話を切った。
「警察・・・」
携帯電話を投げつけたい衝動を抑えて、かざねは地面にへたりこんだ。
”警察は信用できない・・・”
5年前の出来事は今もトラウマとなって、かざねの心にのしかかる。
警察は頼れない。心強い味方だった雪乃も、今は深い眠りに落ちたまま、相談相手にもなってくれない。いぶきに異変が起きているのに、自分はなんて無力な母親なのだろう。
すっかり変わってしまった石束の町でひとりきり、いぶきを探す当ても術もない。
夜風が吹き抜ける駐車場で、かざねが無力感に襲われていると
『俺、今、坂口さんのところで働いてるんだ』
不意に頭の中を、昼間出会った亮太の声がフィードバックした。かざねは携帯電話で、坂口という建設業関係の会社を検索した。
亮太の声はどこか自慢げだった。
定職に就いて頑張ってることを認めてほしかったに違いない。
検索の結果、石束町を住所地とする建設会社坂口土建がヒットした。
あのとき、急いでいるからと冷たくあしらってしまった。亮太は腹を立ててるかもしれない。
こんなときだけ都合が良すぎると、罵られるかもしれない。
でもためらっている場合ではない。頼れる人間は今は亮太しかいない。
何度目かのコールで相手が電話に出た。
「はい、坂口土建です」
「そちらに山本亮太さん、いますか?」
「山本は、僕ですけど」
「亮太? 亮太・・・。あたし・・・」
「か、かざね?」

院長室の窓から茂木慎平は、そんなかざねの様子をそっと盗み見していた。