彼は門の前で待つ
私が笑顔で聞くと、慎二君がカンガルーのように跳ね上がった。私はびっくりして、「どうしたの」と声を潜めて聞く。
「い、いや……待ってたことは、待ってたけど……」
「……そう。お父さんとお母さんの帰りを待ってたのね。えらいわね、本当に」
「ま、まあな」
慎二君の顔が夕陽の所為かすごく赤くなっている気がして、見間違いかな、と微かに思う。
「いつもこの門の前で見かけるから、私も声を掛けようか迷っていたんだけど……なかなか機会が掴めなくて、話しかけられなかったんだ。こうして慎二君と話せて良かったよ」
私がその時だけはすらすらと言葉を零してそう言うと、慎二君がにっと笑った。
「ああ。何か困ったことがあったら、俺にすぐに言えよ」
「……うん」
私はそうつぶやいて、俯いた。慎二君が顔を覗き込んできて、「どうした?」と聞いてくる。
「私、慎二君とずっと話したいと思っていたんだ。でも、昨日ジャージを貸してくれたのを見て、私、わかったんだ。慎二君が――」
想像通りのいい人だったって。
私がそう言って満面の笑みを浮かべると、慎二君の顔が、今度こそ見間違いではなく物凄く真っ赤になって、「あ、ああ。……ありがとな」とつぶやいた。そのつぶやきは、照れ笑いに覆い隠されていたけれど、微かに感じられる彼の慈しみの感情に溢れていた。それがわかって、私も少しだけほんのり顔を熱くする。
「明日も、話せたらいいな。あ、でも、明日は木曜日だから、お前、塾ないもんな。また、金曜日」
「うん。じゃあね」
私は手を振りながら、歩き出す。慎二君もとびきりの明るいスマイルで手を振り返す。
私はゆっくりと門から遠ざかりながら、ふとそのことに気付く。どうして私が木曜日に塾に行かないことを知ってるんだろう。そう言えば昨日も塾がなくて、慎二君は偶然か、門の前に立ってなかったよね。ふとそのことに考え付いて私は顔を赤くすると、まさかね、と舌を出して、夕陽のように笑った。
この時から、塾の帰り道はとびきり楽しみな時間へと確かに花開いたのだった。
了