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キモハラ

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「はいもしもし、こちらナンデモ相談窓口です」

「あの~もしもし田中さんかい? アタシのメガネはどこ行きましたかいね~」

「え、またですかぁ吉田のお婆ちゃん。表の客間のタンスの上じゃないんですか?」

「ほ~でしたかいねぇ? ちょっと待っておくれんせぇよ……どっこらっしょ」

「え、あ……あの、待ってください! 吉田さん? お婆ちゃん!」



私の名前は田中 等、今年で五十歳になる。人口四千人にも満たない地元の町役場に就職して早や二十数年、今現在の担当部署は「街のナンデモ相談窓口」

地域住民の些細な悩みから重大な相談事まで、文字通り何でも答える街の相談役だ。

と言ってしまえば聞こえはいいが、何のことはない……出世コースから外れても首にならない地方公務員の言わば窓際的立場である。

妻とは一年前から別居中、子供は私達なりに頑張ってはみたが、ついぞや一人もできなかった……。

窓際の私が窓口の相談員をしている、傍から見れば何とも滑稽な姿に違いない。

現に今も、電話を切ることもできず受話器から聞こえてくる「エリーゼの為に」を聴き続けている……。


「もしもしお婆ちゃん? 戻ってきて下さい!」

「はいはい、そんな大きな声を出さなくても、アタシの耳はまだまだ耄碌していまへんで」

「それで、肝心のメガネはあったんですか?」

「ええ、ええ。おかげさんでタンスの上にありましたわ」

「私も暇じゃないんですから、いい加減にしてくれませんと……」

「ほんならアタシも畑に行かなあきまへんので、この辺で……プチッ……ツーツーツー」


この調子である。そして、忙しいと言うのも嘘だ。こんな田舎街の相談窓口の電話なんて、日にそうジャンジャン鳴るはずもない。


(プルルルルルーープルルルルルーー)


鳴るはずも……。


(プルルルルルーープルルルルルーー)


鳴っている……。


(ガチャ)「はい、こちらナンデモ相談窓口、田中です」

「あの~」

「はいはい何でしょう?」

「オトンとオカンが仲よーしすぎるんです……」

「……」(ガチャ)


(プルルルルルーープルルルルルーー)


(ガチャ)「はい、こちらナンデモ相談窓口です」

「おい田中! 何で電話切んねん!」

「いや、君まだ子供でしょ? イタズラかと思って……」

「アホか、いたいけな少女が真剣に悩んでるのに。思わずタメ語になってもうたわ」

「スマンスマン、じゃーおっちゃんもタメ語で喋るから、君もそのまま喋り。その方が相談もしやすいやろ?」

「何や、意外と話が分かるやないか田中!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。タメ語は許したけど、その田中っちゅうのはやめてくれんか?」

「何でやねん、あんた実は田中に憧れる佐藤さんなんか?」

「ちゃうわ! 正真正銘の田中です!」

「分かった。ほんなら何て呼んだらええんや田中」

「……。そ、そうやな……おっちゃんヒトシって言うねん。ヒトっさんでどうや?」

「うんわかったヒトっさん、ありがとう。早速ウチの悩みなんやけどな……」

「待って待って、その前に自己紹介してくれんか? おっちゃんも君の事何て呼んだらええか分からへんし」

「それもそうやな、あんな……」


この子の名前は久保田 咲。近所の小学校に通う六年生の女の子だ。そして、相談したい事とは「父と母が仲良し過ぎて困っている」だそうだ。

悩みが悩みだけに先生や友達にも相談できず、私の所に電話してきたらしい。


「ちょっと苦手分野やな……」

「え? 何か言うた?」

「いやいや、何もない何もない。じゃあまず、咲ちゃんのお父ちゃんとお母ちゃんがどんな風に仲が良すぎるのか説明してくれるか?」

「うん。そうやなぁ……あ、そうそう、とにかく気がついたら何処でも手ぇ繋いでんねん。もう二人共四十超えてんねんで、キモすぎちゃう?」

「そうかなぁ、おっちゃんはちょっと羨ましいけどなぁ」

「だって、スーパーに家族で買い物行った時だって、目を離したら二人で手ぇ繋いで歩いてるんやで。そんな時に限ってウチのツレに会うんやし、最悪やわ」

「なるほどなぁ、友達に見られたないっちゅうのは分からんでもないけどなぁ」

「ウチと弟の事なんてほったらかしで、二人でキャッキャキャッキャ言ってんねん、たまらんわ。そうや、寝るときもやで」

「え?寝るとき?」

「うん、そうやねん。ウチの家ってそんなに大きくないから、弟も一緒に四人で川の字で寝てるんやけどな。ウチらを間に挟んでるもんやから、頭の上でオトンとオカンが手を伸ばして繋いでるんや」

「ん?ん? もっかい言うて。いまいち意味分からんかったわ」

「せやからな、ウチと弟の枕の上の方をオトンとオカンの手が通過して繋いでんねん!」

「あぁーあぁー、わかったわかった。それは凄いな、川の端と端で……まるで彦星と織姫やん。でもおっちゃん、それはめっちゃ幸せなことやと思うけどなぁ」

「何でやねん。子供の前でイチャイチャイチャイチャ、そんなもん見たないっちゅうねん。だいたい、オトンなんてウチと手え繋いでくれた事なんてないねんで。これはもうキモすぎハラスメント、立派なキモハラやでヒトっさん!」


世の中には仲のいい夫婦がいるものだ。その他にも、ソファーでくっついてのテレビ鑑賞、夫婦でお風呂、勿論ハグなんかもあるらしい……。

それに引き換え今の私と来たら……。


「たぶんオトンの方がくっつきたがりなんやと思うわ」

「もしかして咲ちゃんのお父さんって外国の方?」

「ちゃうちゃう、コテコテの関西人や。なんなら日本人の中でもうっすいうっすいアッサリ系の癒し系やで」

「ふーん……」

「でもな、この癒し系が結構癖もんやねん」

「……と言うと?」

「昔からめっちゃモテたらしいわ」

「婆ちゃんに聞いた話やけど、高校生の時のバレンタインもチョコレート貰いすぎてな、ホワイトデーにはNTTでテレカようけ買って配ってたんやって」

「へーえ、おっちゃんには一ミリも共感できん話やなぁ」

「ほんでな、そのカードがプラチナカードになったとかでめっちゃ喜ばれたとか」

「あぁ、それを言うならプレミアカードやな」

「そうそう、それそれ! たぶん今でもオトンはめっちゃモテんねん。オカンは若干恥ずかしくてもオトンを外でモテさせたくないから、スーパーとかでも手を繋いでるんやと思うわ」

「最近の小学生は結構冷静に物事を考えてるんやなぁ、感心するわ。ほんで、咲ちゃんはどないしたいの?」

「オトンとオカンの仲を悪くする方法ってないかなぁ?」


お父さんとお母さんを仲良くさせてほしいという話なら聞かなくもないが、今回は逆だ。これは非常に難しい。

私だって好き好んで妻と別居しているわけではないから、不仲になる方法なんて分からない……分からないからこそ今の状況を生んでいるのだ。

まして、せっかく仲良く暮らしている夫婦を子供の望みだからといって、本当に不仲にしてしまっていいものなのか。

作品名:キモハラ 作家名:daima