はるさんの手紙
とはいえ、すっかり過疎地になってしまったこの村の郵便局には、ほとんど人が訪れることがありません。
そのため、この郵便局は西山さんの定年退職とともに、閉鎖することが決まっていました。
それでも西山さんは、週に一、二通あるかないかの郵便物の集荷も、毎日三回、きちんと決まった時間にポストを見に行くのです。
西山さんは、退職の日が近づくにつれて、いろいろなことを思い出していました。
若い頃、自転車で配達していて、草むらから飛び出してきたイノシシに驚いてひっくり返ってしまったことや、お茶をごちそうになっていたら、かごに入れた手紙を山羊に食べられてしまったことなど……。
西山さんは、だれもこない郵便局の中をていねいに掃除をしながら、一つ一つ思い出しては、ふふっと笑いました。
そのとき電話が鳴りました。はるさんからです。はるさんは毎月一回必ず郵便局を利用する、数少ない常連さんのひとりです。
「西山さん? わるいわねえ。荷物ができたからお願いしますよ」
「はい。すぐに伺います」
山のてっぺんにあるはるさんの家まで、車で五分ほどかかります。
はるさんは、十年ほど前までは自転車に乗って郵便局まで荷物を出しに来ていたのですが、足が弱くなってからは西山さんが取りに行っています。
息子さんの下宿先だという送り先の住所が、自分の郷里に近いこともあって、西山さんは、荷物を最初に受け付けたときから、はるさんに母親のような親しみをもっていました。
「はるさんもまめな人だ。毎月必ず息子さんに何かを送っているんだから」
西山さんは、はるさんのことが気がかりでした。退職したら、自分は郷里に帰ってしまうからです。
西山さんの郷里は、この山の村からずいぶんはなれた海辺の町です。その町では、やはりはるさんのように一人暮らしをしている、年老いたお母さんがいました。
奥さんに先立たれた西山さんは、子どももいないので、退職後はお母さんと暮らすことにしたのです。
それしても……。と西山さんは思いました。
はるさんからの手紙や荷物は、数え切れないほど受け付けましたが、はるさんあての手紙を配達したことがありません。肝腎の息子さんからの手紙すら。
「……今さら、気にしたってしかたないか」
西山さんは、軽くため息をつきました。
竹藪に囲まれた、はるさんの家の庭に入ると、玄関からはるさんが出てきました。
「西山さん、いつもすまないね。いままでありがとう」
はるさんは、白髪の頭をふかぶかと下げました。
「いいんですよ。はるさん。こちらこそ、お世話になりました。そうそう、宅配便の電話番号、調べましたから、来月からは…」
すると、はるさんはゆっくりと首を横に振りました。
「ご親切にありがとう。でも、これで最後なんですよ。息子のところへ行くことになりましたから」
うれしそうに語るはるさんの笑顔に、西山さんはほっとしました。
はるさんは、もともとこの村の人ではありません。旦那さんが仕事を退職して田舎暮らしがしたいといって、この村に土地を求め、家を建てたのです。
ところが、悠々自適の暮らしがまもなくはじまるというときに、旦那さんはあっけなくなくなってしまいました。都会の家を処分してしまったはるさんは、たったひとりでやってきたのです。
それからもう二十年近く。はるさんは八十歳を超えています。
でも、今、息子さんのところへ行くと聞いて、西山さんの胸のつかえは取れました。
「それじゃあ、おあずかりします」
西山さんがミカン箱の荷物を積み込んで車を走らせると、はるさんは道まで出てきて、手を振ってくれました。
いよいよ明日が定年退職の日というとき、西山さんがいつものように局の掃除をしていると、若い男の人がやってきました。山登りでもするような格好をしています。
「いつも母がお世話になっています」
ていねいに頭を下げたのは、はるさんの息子さんでした。
「母を迎えにきました。今まで、ほんとうにありがとうございました」
息子さんはカメラマンで、海外での仕事が多く、今までここにきたことがなかったと残念そうに言いました。
「でも、これからはいっしょです。もう母に寂しい思いをさせません」
そういって、息子さんは、はるさんの家に向かいました。
とうとう退職の日になりました。
西山さんはいつものように、まず、ポストへ集荷に向かいました。鍵をあけると一通の手紙が入っています。「西山さんへ」と書いてある手紙の差出人ははるさんでした。
中身を見たとたん、西山さんは驚いて、はるさんの家に急いで車を走らせました。
「はるさん! はるさん!」
大きな声で、はるさんを呼びましたが、返事はありません。
西山さんはかまわずに家の中に飛び込みました。すると、奥の部屋の布団の中ではるさんはなくなっていました。
枕元には写真がたててあります。その写真は、昨日西山さんが会った、息子さんでした。
はるさんの手紙には、最後のお願いとして、自分を息子と同じお墓に埋葬してほしいと書いてありました。
はるさんの息子さんは、もうずいぶん前に、遠い異国の戦地で、地雷をふんで亡くなっていたのです。
はるさんは戻ってきた遺品だけを、海の見える丘の上の墓地に埋葬して、毎月の命日になると、そのお寺へ、お供えものとお布施とを送っていたのです。
そのお寺こそ、息子さんが下宿しているという荷物の送り先でした。
はるさんの最後の願いを叶えるため、海辺の町で葬儀を終えた西山さんは、お墓に向かって言いました。
「これからは毎月、花を配達にきますよ」