擬態蟲 上巻
その途端、女の激しい怒号が聞こえた。
ユミヒとエミヒはその様子を善一に伝えた・・。
“いつまであの子達をこんなところに住まわせるの?!”
“あの子達は島の神の娘、こんなところにいてはいけない!”
“私の寿命はもうすぐ尽きる、だがあの子達は島に帰さなければならない!”
“あの子達を帰さなければ、この地に災いがやってくる!”
ユミヒとエミヒは顔を見合わせた。
「母が死んでしまう!」
善一はその表情に、唾を飲み込んだ。
さすがに悪態を付き合っていた夫婦だったが、女の悶え苦しむ絶叫が響き渡り
静まりかえった。
小屋の外で待っていた善一は、中から漏れ伝わる桑畑権蔵の嗚咽に
おんなが死んだことを知った。
しかし善一より先にユミヒとエミヒがしくしくとさめざめと泣き出した。
桑畑権蔵は、取り乱したかのように、獣があげるような咆哮をあげた。
しばらくして小屋から出てくると・・。
桑畑権蔵はユミヒとエミヒのふたりの“娘”を抱きしめた。
だがそのときとばかりにユミヒとエミヒが懐から刃物を取り出し・・。
桑畑権蔵は双子の娘たち・・ユミヒとエミヒに腹を刺されて・・。
「くぅぁあっ・・・!」
態勢を崩し、後ずさりしながら崖から足を踏み外し・・。
急な崖を二転三転しながら・・。
突き出した岩にぶつかり、弾かれ・・。
くにざかひに川に転落していった。
のぶとい声が響き渡り、つぎに水面を叩かれる音がして
飛沫が飛び散り再び水面に落ちる音がした。
善一は驚いて腰を抜かしていた。
ユミヒとエミヒは善一の顔を覗き込むと、
「私たちが島に帰っても帰らなくても、必ずこの国には災いが訪れるわ。
いいこと?おぼえていなさい!」
と囁き、微笑むと夜の闇に消えていった。
それ以来、ふたりを見たものはいない。