擬態蟲 上巻
9 客人たち
【擬態蟲】9 客人たち
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Rimsky-Korsakov - Procession Of Nobles
ひと月以上かけて桑畑権蔵一行は諏訪詣でから戻った。
信州から戻った桑畑権蔵は、様々な毛色の変わった客人たちを連れてきた。
自動車のまだ珍らしい時分であったが三台の自動車が「おかいこ御殿」の前に停められた。
近所の子どもたちはその珍しさと格好の良さに興味津々で見守っていたが
それを阻んでいたのは、一個小隊の軍の兵隊たちであった。
皇国を守る軍隊。天皇陛下の兵隊たち。
その制服の格好良さ、立ち居振る舞いの格好良さに少年たちは憧れた。
当然その中に福田善一もいた。
「善一!」
奥から桑畑権蔵の声がする。
善一は母屋の方に向かうと、桑畑権蔵のほかにカタリーナと軍隊の小隊長と白いスーツを着た長身で痩せ細った片目がねをかけたちょび髭の男が居る。
善一は挨拶すると小隊長は笑顔で返した。
長身の男は軽く会釈した。
「ハハハハ、ウチの会社の専務の息子でね、善一といいます。」
笑いながら桑畑権蔵は土産物の数々を善一に渡した。
しかしそんなものに善一は眼中に無く、恐る恐る桑畑権蔵に尋ねた。
「絹代さんは・・」
顎を上げて善一を見ると、桑畑権蔵は云った。
「絹代は土蔵におるわぃ。
ほぅよのぉ、おぅ、絹代に食事を持っていってくれぃ。」
へぃっ!
善一は大きな声で返事をし、弁当を持って絹代の居る土蔵に向かった。
坂を走る、走る。
絹代さんが帰ってきた!
坂を駆け上がる!駆け上がる!
土蔵の前で叫ぶ
「絹代さーん」
しかし応答は無く、代わりに蔵の裏のほうから水のはねる音がして。
善一が蔵を回りこむと植え込みの向こうで行水している絹代の姿があり、息を呑む。
樹木に、木々の葉に隠されてはいるが、至近距離に一糸纏わぬ絹代がいることに
緊張し硬直してしまった。
その艶やかな姿態を見るには至らなかったが容易に妄想してしまった。
次に浮かんだのが諏訪詣での間に何度となく桑畑権蔵に辱めを受けていたで
あろうことだった。
そう思えると、純真無垢なはずの絹代の艶やかな姿態というものは
なんとも汚らわしく淫靡な堕落したものに思えてきた。
守りきれなかった非力な自分がやるせなく、また権蔵への憎悪も芽生えた。
だが、ほんの数歩先に居る絹代の裸体を覗き込もうとする自らの浅ましさと下劣さに
躊躇していると、絹代が善一に気付いて立ち上がった。
絹代は、はにかむ風でもなく満面の笑顔を見せるのだが
善一は、「ごめんなさーい!」と叫んで、転げ落ちるように坂を下っていった。