怒りんぼのカオリちゃん
「お洗濯が済んだらホットケーキを焼いてあげますから、それまでお外で遊んでらっしゃい」
「はーい」
掃除のじゃまになるからとママに追い出され、カオリはゴム長靴をはいておもてへ飛び出した。明けがたごろまで雨が降っていたせいで、あっちにきらりん、こっちにきらりん水たまりが光っている。カオリは水たまりを踏んで歩くのが大好き。ばしゃばしゃばしゃ。水面に映りこんだ空が、ぐんにゃり曲がって泥んこになる。アメンボがびっくりして駆け回る。いひひっ。けっこう悪い子。ばしゃばしゃばしゃ、わざと水たまりのあるところを選んで歩きながら、近所にあるゾウさん公園をめざした。ピンク色のジャングルジムと大きな噴水のある、いかした公園だ。ほんとの名前は、晴海台二丁目なかよし公園ていうんだけど、長ったらしいから、みんなゾウさん公園って呼んでる。砂場のわきに、水玉もように塗られたゾウのかたちのすべり台があるのだ。ほんと、いかしてる!
公園の入り口には自転車がたくさんとめられていた。日曜日なので、子どもたちがいっぱい。グラウンドを見ると、ニ年ニ組の男の子たちと、カオリのいるニ年五組の男子が、サッカーの試合をしていた。ボールを追いかけ、グラウンドを駆けまわる子どもたち。そのなかに、シアトルマリナーズの帽子をかぶった背の低い男の子のすがたを見つけて、カオリのひたいに、ぴきぴきぴきっと青筋が立った。
ユウのやつだ!
ちっちゃくて弱虫のくせに、すっごく生意気! おまけにカオリを見るとすぐにちょっかいかけてくる。やなやつ! あいつのすがたを見かけただけで怒りが込み上げてくる。でもダメダメ、さっきママと約束したばかりだもん。
カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。
ふん、バカバカしいったらありゃしない。あんなやつ無視してやるわ。そう、てってーてきにねっ!
噴水のそばにあるテーブル付きの大きなベンチに、ヤッちゃんと、ミーコと、サワちゃんが腰かけて、ヤッちゃんの飼い犬のベッキーと遊んでいた。ベッキーは、金色の毛なみがふさふさしたゴールデンレトリバー。ママのよそ行きのお洋服に付いてるボタンみたいにきれいな目をした、おとなしい犬。ひとかかえほどもある特大のヌイグルミみたい。いつもお行儀よくちょこんと座っては、長い舌をだらんと垂らして、はっはっはっ。知らないひとが近づいても、けっして吠えたりしない。ときどき地面のにおいを嗅ぎ回っては、また舌をだらんと垂らして、はっはっはっ。カオリが「よっ」ってあいさつすると、いよいよ長い舌をだらあんと地面へ垂れて、ばっさばっさ勢いよく尻尾をふった。
「ベッキー、いくよっ」
でもヤッちゃんがピンク色のフリスビーを投げると、ベッキーは、はじかれたように駆け出して、ジャンプ一番、みごとにキャッチ! Uターンしてまた駆け戻ってくる。ミーコがやってもおなじ。サワちゃんがやっても、そしてカオリがやっても、かならずフリスビーをくわえて帰ってくる。失敗したことは、ただの一度もない。ベッキーってかしこい!
「去年、フリスビーの大会で優勝したのよ」
ヤッちゃんが自慢げに鼻をうごめかせる。カオリが、かしこいかしこいと頭をなでてやると、ベッキーは気持ちよさそうに目を細め、ぬれた鼻のあたまをぺろりと舐めた。
作品名:怒りんぼのカオリちゃん 作家名:Joe le 卓司