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やさしいかいぶつ

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「夢って、なんだ」
ハナがこの花畑に来てすぐに、ガオガオは厳しい目つきで問い詰めた。ただハナは悲しそうに、その姿を見つめる。
夢だから。あのとき、全ての理由として、言葉を口にした。本当は言うつもりなんてなかった。
「ガオガオは、あたしの夢。」
ガオガオ本人は、どうして自分がその夢にあてはまるか全くわかっていない。そう、いつだって 優しくて、鈍くて、愛しいあたしだけのかいぶつ。
説明なんてしたくなかった。今までずっとうまくいってたんだから。
でも、もう逃げることは出来ない。純粋な彼の眼が怒りに近い色をしていたから。
「あたし、毎日寂しかったの。毎日、本当に辛かったの」
「何の話なんだ・・・?」
「お母さんがいなくなっちゃったときから。すごく、すごく寂しかった」
母親と父親が毎晩口汚く罵りあうようになった。幼い女の子は、知らないふりをしていつも耳を塞いでいた。
毎晩から毎日へ、毎時間へ、いつもへ。
母親はいつも、泣いていた。女の子もいつも、泣いていた。
そんなある日、母親が急死した。
「階段から落ちたの。みんな事故だって言ってるけど、あたしなんでかわかんないけど、お母さんの顔見て分かっちゃったの。お母さんは自分で落ちたんだって。あたしが、わるい子だから・・・」
幼い女の子は自分を責めた。父親の励ましも何も受け入れられなかった。証拠なんてない。でも、もっと自分が母親の言うことをよくきいていたら、いっしょに階段を下りていれば。
たくさんの「もしも」が浮かび、女の子を責め続けた。
ドラマやアニメの世界だったらいいのに。そしたら、お母さんは実は死んでなんかいなくって、お父さんとお母さんは仲直りして、あたしは幸せになって・・・
けれど、現実はもっと残酷だった。
父親はやがて新しい母親となる女性を連れてきた。女の子に更に大きなショックを与えた。
「きっとお父さん、お母さんがいらなくなっちゃったんだよ。だから、新しいお母さんを・・・」
新しい母親は積極的に女の子と親しもうとしたが、女の子は真っ向から拒絶した。父親はそんな女の子を強く叱った。
転校先の学校でも塞ぎこんでばかりいる女の子を、クラスメイトは避けた。
学校でも家でもあまりにも強い拒絶を見せる女の子に、つい父親が手を上げてしまった。
そのとき、女の子の小さな心は壊れた。
「あたし、だめな子だから」
ぼろぼろと涙があふれだす。言葉も、嗚咽も、全部止まらないんだ。だめな子だから。止め方すらわからないんだ。
「自分で自分を引っ掻いちゃうの。頭をぶつけちゃうの。消えてしまえって・・・思うんだ・・・」
毎日生々しい傷が増えていく女の子を、クラスメイトは避けるだけでなく気持ち悪がった。新しい家族は自分のために悩み続けた。また、彼女は傷を増やす。幼いなりの、自傷行為。傷という逃げ場だった。
「でも、本当はね」
潤んだ声だった。これは、誰にも言えなかったこと。
「新しいお母さんのこと、お母さんって呼ばなきゃいけないの、わかってるんだ。自分のことけがさせても痛いだけなんだってわかってる。わかってるんだよ、ちゃんと・・・」
「そうか、わかってるじゃないか」
ガオガオが宥めるように繰り返した。大きな手のひらが、ハナの頭をなでる。ハナは嗚咽で何度もつまづきながら、必死に訴えた。
「なんでも話せる相手がいたらいいのに。悲しくない世界があったらいいのに。そう思って、毎晩泣きながら寝ていたら、ここに来たんだ。そして、あなたに会えたの」
「・・・おれは、ハナの夢なのか?」
ハナはためらったが、やがて深くうなづいた。ガオガオは自分が誰かに創られた存在であること、幻想であることが信じられないようだった。
ずっと、ずっとここにいたような気がしたのに。この思考も、ハナが創り上げたものなのだろうか。
「まるでおはなしみたいでしょう。でも、全部本当なんだよ。こっちの世界が現実で、今までのことが夢だったら良かったのに」
そしてハナはまた泣いた。全部が悲しかった。悲しすぎて、何が悲しいのかすらわからなかった。
「ごめんねガオガオ。こんな理由でつくっちゃって、ごめんね。ごめんなさい」
そのとき、ガオガオはわかったのだ。必死で謝り続ける女の子を見て。涙が止まらなくて、悲しみに押しつぶされそうになっている彼女を見て。
わかったのだ。自分が存在している理由が。
いつもしているように、ハナを抱き寄せた。そう、強く。
何がしたいかわからないハナは、不思議そうに巨大なガオガオを見上げる。
「おれ、悲しみ食べる」
ガオガオは言った。迷いのない口調だった。
「ハナの悲しみを食べる。そのために、ハナの夢の中にいるんだ」
いつもと同じ、身体と心が暖かくなるような幸福感を、ハナは感じた。ああ、こんな理由で創ってしまったのに。
すると彼女はガオガオの異変に気づいた。
「ガオガオ、やめて!?」
風船のように、ガオガオの身体がどんどん膨らんでいく。ハナの悲しみは強くなっていく。そして更にガオガオの身体は大きくなる。
こんな連鎖では、意味がない。
「やめてよぉ、お願い・・・」
必死に悲しみを吸い取っているガオガオに、ハナの声は届かない。離れようともものすごい力で抱きすくめられているので、身動きがとれなかった。
「本当に・・・もう・・・いいんだよ、やめて・・・」
「なんで泣くんだ・・・?まだ、悲しいのか」
違う。そう叫んでも、ガオガオは膨らんでいくばかりだ。空いっぱい真っ黒になる。悪夢の色。
だめ、このままだとガオガオが壊れてしまう。
どうして、どうして夢の中でもこんなにうまくいかないのだろう?悲しいことが起こってしまうのだろう。
どうして、自分は大切なものを壊してばかりなんだろう。
「いや、いやだ、やだ!!!いやあああああああああああああ」

そこで、都合良く、彼女の意識は途切れてしまった。

作品名:やさしいかいぶつ 作家名:夕暮本舗