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遙かなる流れ

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上野駅に着くと、私は常磐線に乗り換えて北千住へ、そこから東武線で五反野まで行きます。駅に降り立つと辺り一面田圃が広がっていました。東京とは言え、それも北千住から川を1本隔てただけですが、私の住んでいた青森の長嶋よりもひどく田舎に思えました。
 叔父の家も駅のホームから見えるのです。駅からの一本道を私は首に父の遺骨を抱いて、左手には着替を詰めたカバンを持って叔父の家に向かいます。
 叔父の家は払い下げの冷蔵庫の修理や塗装もするので、家の奥が工場になっていて裏にはトラックが止まっています。そこには工場で働く人の寮もあるみたいです。
 開け放なたれた玄関で私は声を掛けます
「こんにちは!御免下さい!」
 反応が無いので、もう一度声を掛けようとした時に叔父の奥さん、つまり叔母が出て来てくれました。
「あら、和ちゃん、良く来たわね! さあ、上がってちょうだい。あなた、青森から和ちゃんが来たわよ!」
 叔母はその細い体にそぐわない大きな声で叔父を呼びました。
「おお、判った!今行くから!」
 遠くから声が聞こえました。きっと工場の方なのだと思います。私が玄関で靴を脱いでいると、叔父が奥からドスドスと音を立てる様に早足で歩いてきました。
「ああ、良く来たな! 東京でゆっくりとして行きなさい」
 そう言って歓迎してくれました。
 父の納骨は私が東京に出て来てから5日後に決まりました。なんでもその日がお寺も叔父も都合が良い日だったのです。
 叔父夫婦には私より4歳下の女の子供がいますが、叔母いわく
「もう3日も家に帰って来ないわ。きっと男の所だと思うけど……」
 そう言ってため息をつきました。
 私はその日まで、自由に東京のあちこちを見て周りました。まあ、そんなに大した場所には行ってないのですが……
 納骨の前の日に青森から持って来たお金を袋のに詰めていると、叔父がかなりの金額を私に渡してくれました。
「これは?」
 そう言う私に叔父は
「葬式の時は親戚がいたから普通の金額しか出さなかったが、今回は俺達だけだから、思い切って出してあげられる。遠慮しなくても良い」
 そう言って、叔父は父に世話になった事を話してくれたのです。
 戦前の事でした昭和も段々戦争の影が濃くなって、世の中が不況になって行ったそうです。戦争関係の工場は景気がよかったそうですが、叔父の勤めていた会社は軍事産業では無かったので、不景気をもろに受けてしまったそうです。その時、叔父には結婚を考えている人がいたそうです。今の叔母です。
 でも二人には世帯を持つ費用が出せませんでした。それを見かねた父が、費用を叔父に送ったそうです。そのお金を元にして世帯が持てたそうです。私は多少は父から聞いて知っていましたが、詳しくは知りませんでした。叔父は当維持の事を詳しく私に語ってくれました。私は、ありがたく、そのお金を仕舞いました。 後にこのお金が大事になるのです。

「なまんだぶ、なまんだぶ……」
 お坊さんのお今日が本堂に響きます。朗々とした声が境内まで流れて行きます。納骨に出席しているのは、私と、叔父夫婦と、それに神奈川の鶴見にいる父の妹の叔母が出てくれました。叔母は青森までは来れなかったので、今日はどうしてもと言って参列してくれたのです。
 お坊さんのお経が終わると説法が始まります。皆、神妙に聞いています。やがてそれも終わりました。
 父と住職さんは実は親友なのです。父が東京に居た頃に知り合い、意気投合して義兄弟の契を結んだそうです。最も本当かどうかは知りませんが……
「和ちゃん(父の名は和夫でした。私は一字貰っています)もとうとう骨になったか、早かったなぁ〜。頑張り過ぎだろう、駆け足過ぎたな……さっ納骨に行きましょう」
 そう言って私達は墓地まで出てきます。本堂の脇を抜けるとそこが墓地となっています。そこの、恐らく一番良い場所に我が家のお墓は立っていました。
「櫻井家」と掘られている石塔の下が開く様になっており、そこに父の骨を納骨した骨壷を
納めました。その間も住職が読経してくれています。
 全てが終わると近くの中華料理屋さんで精進落としをします。まあるいテーブルに色々なご馳走が並べられます。今ではこの様なものが食べられる様になったのですね。ついこの前までは、麩入りの御飯やパンを食べていたものでした。叔母も叔父も、その事を口にします。やっと私たちは平和を感じる事が出来た様です。
 納骨が終わると私は東京にはもう用は無いはずです。カレンダーを見ながら青森に帰る日を決めかねていると、叔父が
「東京見物は未だしてないだろう。今度の休みに連れて行ってやろう」
 そう言うのです。私は嬉しくなり
「じゃあ、青森に帰るのはその後にします」
 そう叔父に言うのでした。でも、私は恐らく人生で一番の間違いをしたのかも知れませんでした。

 休みの日、私は妙に着飾されて、髪の毛も叔母が丁寧にセットしてくれます。叔母は元美容師でしたから、こういうのはお手のものでした。叔父の家からタクシーに乗せられ、叔父夫婦に連れて行かれてのは大きな門のある庭園でした。
「ここは有名な料理屋なんだ。ここでお昼を食べよう」
 そう叔父は言って、私をその庭園に連れて行ったのです。そこは見事なお庭で、庭のあちこちにあずま屋の様な建物が点在していました。そこのひときわ大きなお座敷に私たちは上がりました。
 座卓には布団が座卓の向かい合わせに三枚ずつ座布団が並んでいます。私はその事が不思議でなりませんでした。
 やがて座敷の奥から男の人とその母親らしき人がやってきました。ここまで来てやっと鈍い私にもこれが只の昼食では無い事に気がついたのです。
 全てはもう遅かったのです……

作品名:遙かなる流れ 作家名:まんぼう