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遙かなる流れ

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その日私は父の遺骨を抱いて東京行きの夜行列車に乗っていました。窓の外は漆黒の闇が覆っています。僅かに漏れる家々の明かりだけが私の行く道標の様に光っていました。
 これから行く街、東京。そこに何があるか?
 私は東京に行くのは始めてではありません。小学校の頃は北千住という街に祖母夫婦が住んでいたので、私の故郷と北千住とを何年か交代で住んでいたのです。
 今回はその北千住のお寺に父の遺骨を埋葬するために青森から出て来たのでした。

 私の生まれたのは北海道よりも北の地、樺太でした。そこの南の小さな漁村に生まれました。
そこの名は南名好という漁村で、北の海の傍で育ったのです。
 父は隣の街の本斗で海運業をしていました。その為私は、何不自由無く育てられました。
 小学校のクラスで二人だけという樺太庁立真岡高等女学校に進みました。
「進学して勉強するのは自分の為」
 という母は朝の支度も何もしてくれません。私は5時起きして朝御飯の支度をして自分のものを洗濯してから学校へ通いました。自宅から真岡の学校までは2時間掛かるのです。
 でも、まともに勉強が出来たのも最初の二年くらいでした。戦争が激しくなると授業よりも勤労奉仕が多くなりました。それでも、いつかはこれも終わると思って我慢していたのです学校では
「本当は日本は飛行機を飛ばす燃料にも困ってるそうだよ」
「アメリカには随分やられてるみたいだよ」
 と噂が立ちます。すると何日かして憲兵が学校にやって来て朝礼の時間に
「変な噂があるが一切デマなので信じない様に」と演説して行くのです。でも誰も信じません。だって、戦に勝って余裕があるなら、私達女学生が工場や畑で奉仕なんてしなくて良いハズです。それは誰でも判っていました。

 その日は軍馬の草刈りで学校から小一時間歩いた山の中で勤労奉仕をしていました。夕方になり、先生が
「どうやら戦争が終結したらしい。陛下の玉音放送があったそうだ。戦争は終わったんだ! みんな、一刻も早く家に帰りなさい。学校なんかに寄らなくてもいいから!」
 みんなを山から下ろします。
「でも先生、学校に教科書とか色々置いてあるのですが?」
 そう言う生徒に先生は
「多分、もう必要無くなると思う。今は命の方が大切だ。先生の考えだと多分、ソ連が攻めて来る。2〜3日後にはソ連の軍艦がやって来るんじゃ無いかな?」
 皆は先生の言葉を疑いませんでした。
 それからは誰も一言も口を利かず、黙って山を降りました。先生の言った通り学校へは寄らずそれぞれが自宅に向かいました。私は家が汽車で帰らないくらい遠方です。。交通事情が悪くなって、去年の秋から寄宿舎住まいですが、身の回りの荷物だけでも取りに帰ります。
 寄宿舎では寮長さんが一人で残っていらっしゃいました。
「あなたが最後です。荷物をまとめたら一刻でも早くここを離れなさい」
 そう忠告してくれます。私は自分の部屋に行くと、自分のズック製の背嚢(はいのう)に着替や親から仕送りして貰ったお金を詰めると寮長さんに挨拶をします。
「短い間でしたがお世話になりました。寮長さんはどうなさるのですか?」
「わたしは、校長先生ともう少し残ります。あなたも達者でね」
「寮長さんも……」
 そう言い残して、一路家を目指します。線路沿いの真っ暗な道を一人で急ぎます。途中で真岡中学の子と一緒になりました。やはり南名好出身の子です。私より一つ年下ですが、同じ小学校で同じ村なので顔見知りです。
「あ、先輩!やはり遅くなったのですね」
「うん、君も?」
「はい、勤労奉仕で遅くなってしまって……」
「私も同じ……でも良かったわ。この先ずっと一人だと思っていたから」
「僕もです」
 私達は一緒に帰る事にしました。遅いとは言え、汽車で2時間近く掛かる距離です。歩いても簡単には着きません。途中で何回か休んで、朝の7時頃にやっと南名好の村に着きました。
「それじゃ元気でね」
「先輩も」
 そうお互い言い残して別れます。私は急いで、自分の家に向かいます。父や母や弟や妹は無事でしょうか?
 皆、私の帰りを待ってるでしょうか?
 心が押しつぶされそうになります。
 家に着くと、玄関に張り紙がしてありました。父の字でした。

 和子へ
「家族皆無事です。船の用意をして港の会社の事務所にいます。十六日の夜までは待っています」

 良かったと正直思いました。家族皆ちゃんと無事だと判り安心感が身体を襲います。思わず自然と笑みが浮かびます。
 本斗の港の事務所までは一時間くらいです。ゆっくり歩いても間に合います。私は昨日の夕方から歩きづめでしたが、家族が無事な事を知り力が湧いて来るのを覚えていました。
 海岸沿いの道を進み港への道を歩いて行くと、やがて事務所が見えてきました。思わず小走りになります。事務所に着き、入口の引き戸を力一杯引きます。ガラガラという音と共に戸が開きます。事務所の中には皆が揃っていました。両親、弟が二人、そして妹と皆いました。父が私の姿を見て
「和子の事だから間に合うとは思っていたが、良かった……」
そう言って安心した顔をしたのが以外でした。
 何時も私には厳しい父だったからです。母が
「お父さん本当に心配していたのよ」そう言って喜んでくれています。父が
「一休みしたら、早くここを出よう。ソ連がやって来るからな」
 そう言って再び緊張が走りました。

作品名:遙かなる流れ 作家名:まんぼう