小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Libera me

INDEX|1ページ/9ページ|

次のページ
 

1 聖職者の連祷(れんとう)



https://www.youtube.com/watch?v=jb23Z5X3uhA
The Litany of the Saints


後部より強い衝撃を受け、シートベルトをしていなかったことを後悔したがもう手遅れだった。

× ×

永遠とも思えた暗闇から遙か遠くに眩い光が差し込んで、深い深い水底からゆっくりとゆっくりと浮上してゆくように、白い光が近づいて、もう少しだ、もう少しで辿りつく・・もう少しで。
だが意外にも辿りついた先は、まるで別世界だった。
そこはモノクロームな世界だった。
なにも聞こえない、単調なモノクロームな。
まるで昭和初期の白黒映画を観ているような世界だった。

最初に見えたのは白い病室だった。
そして年老いた両親の姿だった。
いや年老いたというよりは疲れ切った年寄りの姿だった。
私が知っている両親の姿ではなかった。
いったいなにがあったのか_。
なぜここにいるのか_。
やがて徐々に聴覚が戻ってきた。
聴きなれないが、耳に心地よい低めの女の声だった。

「誠司さん、ここのところとても状態がいいんですよ・・」

誠司というのは、私の名前だ。
松居誠司。
東京大学の代替エネルギー開発センターで・・研究職をしている。
東日本の震災以後国家プロジェクトとして予算を与えられ
純国産の、そして極めてクリーンで環境に優しいエネルギーを・・

優しい女の声は続いた。
「血圧も体温もプルスも安定してますよ。
少し、汗をかいてますかね・・室温が高いのかしら・・。」
私の横から現れた声の主は色白の若い看護師だった。
私の顔を覗き込むように、その端正な顔を近づけて、ガーゼで汗を拭ってくれているようだった。

..ありがとう

そう答えようとしたが、言葉は出なかった。
言葉だけではない汗を拭われている感覚がなかった。
どうしたことだ。
四肢、全身、私にはその感覚が・・自分の四肢が存在していることが感じられない。
あぁ私は余程疲れているんだ・・。
なにがあったかはわからないが、とにかく酷く疲れているんだ・・。
すまない、もう少し休ませてくれ・・。
瞼を閉じようとしたが・・だが瞼を閉じることは出来なかった。
変な夢だ・・。
嫌な夢だ・・。
目の目が白く濁りはじめ、うとうとと眠りにつく。

× ×

ピーピーとアラーム音が鳴り響き、突然視界が戻った。
「脈拍さがってます!」
「血圧は?」
「90です・・」
「心臓マッサージ続けて・・」
マスクをした医者と看護師に囲まれて、私は胸部をなんども圧迫されているようだ。
強いライトが当てられ眩しい・・瞼を閉じようにも・・閉じることが出来ない。
ライトの光を遮るように医師が電極パッドを持って立ちはだかる。
「皆、離れて!」
医師のマスク越しの篭もった声に皆が離れると、医師は電極パッドを押し当ててきた。
次の瞬間、私は気絶した。

× ×


私の名前は松居誠司。
今日からは毎度気がついたら確認していく。
そうでもしないと忘れてしまいそうだから。

目が覚めると・・やはり白い病室だった。
モノクロームの世界で、ひときわ疲れ切った父と母が最大限の笑みを浮かべていた。

「誠司、裁判で相手側のドライバーの危険運転致死傷罪が確定したよ。
あいつは・・佐藤和秀は懲役20年だ。本来は死刑で当たり前なんだ。
だがな、これでも大勝利なんだよ。
これから、民事の裁判も始まるが、弁護士の先生も付いてくれてるし
誠司よ、おまえを支援してくれてる人たちも多いんだ。
東京から支援団体のひとたちも来てくれてるし全国から支援者の人たちの手紙も来ているからな。
皆が支えてくれているからな。とおさんもかあさんも頑張るからな。」

いままでこんなにやさしい声で父が話してくれたことはなかった。

すると今度は横にいた母が私の顔を見ながら堰を切ったように泣き出した。
「なんであいつが・・なんで死刑じゃないんだろ!
あんなやつ、死んでしまえばいいんだ!
役所の職員のくせに飲酒運転・・・しかも脱法ドラッグなんて吸って!
他人様の命を奪っておいて、ただひとり生き残った誠司も、こんなに、こんなになっちゃって・・。
この子はね、研究一筋の男だったんですよ。
この子はね、日本を救う・・日本の頭脳だったんですよ・・。
それがこんなに・・こんなになっちゃって・・」

あまりの母の泣き方に気分は落ち込んだ。
こんなになっちゃって・・って。
え?私は・・どうなっちゃったっていうんだ・・。
私は余りの泣き方に母を抱き起そうとして手を差し伸べようと・・

いや・・手を差し伸べたのは父の後ろに立っていた小柄な初老の男だった。
「奥さん、奥さん。
息子さんのためにも頑張っていきましょうね。
私もこれまで以上にお力になってゆきたいと思います。
社会的な関心も高いですから、我々弁護団も一致結束して戦っていきますから。」

弁護団?
この男は弁護士か?

ただひとり生き残った・・・って。

弁護士の男は私に顔を向け、表情を変えた。
「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを誓います。」
すると、目を閉じた。
「必ず。かならず。」
弁護士は私の目の前で呟いた。

「先生もついててくれるからな。誠司も頑張るんだぞ。」
涙を一筋流した父はそういうと母の肩を叩きながら。
三人は席を立ち、病室を出ていった。

私はなにがなんだかわからないまま薬のせいか眠り込んでしまった。


× ×
× ×

後部より強い衝撃を受け、シートベルトをしていなかったことを後悔したがもう手遅れだった。

この記憶だけがなんども思い出される。
だがなんだったのか・・
両親の言葉から類推するに_。
恐らくは事故の記憶なのだろう。

× ×
× ×

私の名前は松居誠司。
東大先端エネルギー研で開発主任をしている。
いや・・していた・・が正しい。

眼を開けると・・いや、表現が間違っている。
私の瞼は開いたままなのだ。
閉じることはない。
私の四肢は動こうとしない。
四肢はおろか指一本動かせない。

私は交通事故に遭ったらしい。
そして命を取り留めたはいいが、身体の自由を完全に失ってしまったらしい。
周囲の人間は・・医者や看護婦でさえも・・私に意識が戻ったことがわからないらしく。
私にはそのことを伝える伝達手段というものがまったく無い。
なんということだ・・・。

母が私の腕を擦ってくれている。
「誠司、今日はおまえの39歳の誕生日だよ。」
「こうやって擦っていれば、いつの日か動くようになるんじゃないかと思ってね。」

知らぬ間に私はもう二年もこうしているのか_。

いつもの看護師がバリカンを持ってきた。
「頭刈りますねー。」
「奇麗にしないと、またダニに喰われてしまうかもしれないから・・」
看護師の言葉が気になった。
「そうだねぇ、あの時は大変だったからね。あぁいうこともあるんですね。」
母が看護師に尋ねるとバリカンを当てながら看護師は答えた。
「脳というのは私たちが思っている以上に細かな仕事もしてるんですね。
感染症の予防とか・・普段の私たちが問題としないような些細な感染に対しても対応しているんですよ。
作品名:Libera me 作家名:平岩隆