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かいなに擁かれて 第十一最終章前編

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 その祖母からエドワードの母へ。
 そして、エドワードの母から彼の妻へ。

 魅華と父は、その日、エドワードに、再度山(ふたたびさん)の懐深い彼の邸宅へと招かれた。
 魅華と父がエドワード邸へ招かれたその日、病床に伏せる妻ドロシーは珍しく体調が良かった。
 子供に恵まれなかったエドワード夫妻は幼い魅華の訪問を心から歓迎してくれた。
 魅華は、リビングに佇んでいたスタインウェイに魅了された。
 ドロシーが魅華の為に奏でたピアノ。
 エドワード家に代々引き継がれるべきピアノが、もう誰にも引き継がれることが無い。ドロシーの魂が宿った旋律であった。
 魅華が魅了されたのは、スタインウェイであったのか、ドロシーの魂が宿った旋律であったのか。
 魅華は、天上から舞い落ちる真っ白の柔らかな羽が、ドロシーを包み込んでゆくのをその時はっきりと視ていたのだった。
 ドロシーが渾身の魂を込めて奏でた曲。
 モーツアルトピアノソナタ第8番イ短調K310。
 魅華の魂を揺り動かした旋律に、天上から一条の光が射しこんだ。

 その日から、魅華はピアノを始めた。
 後に、ドロシーの遺言によって、魅華がスタインウェイの新しい弾き手となり、ドロシーのピアノを引き継いだ。


           ※

 かつて父に手を引かれ訪れた教会に祈りを捧げ魅華は、そこを後にした。山手通りを歩道に沿って下ってゆくと、レストランの前にタクシーが停まっていた。運転手に客待ちかと訊いてみると、どうぞと。言ってくれたので、再度山までと告げた。

 車は山の稜線に向かい緩やかなカーブを描きながら、暗い道を進むにつれて、眼下に神戸の夜景が煌きとなって散りばめられてゆく。
 時折、道路の継ぎ目がタイヤを叩く振動を伴いながら、やがて一定のリズムの様に耳に届く。窓を少し開けると頬を刺すような冷たい風が魅華のストレートの髪を乱した。
車は展望台の近くまで差し掛かった。

 ビーナスブリッジで寄り添いながら神戸の夜景を眺める恋人たちのシルエットを目の端に映しながら魅華は下界の煌きを眺めた。

 車を再度山公園の手前で降り、魅華はゆっくりと白い息を吐きながら歩いた。

 ふと天上を見上げると、澄み切った冬の晴天の名残が色濃く残された夜空に満点の星々が輝きその煌きを魅華に降り注いでいた。

 再度山公園内にある外人墓地の入口で、つと立ち停まり、魅華は頭を下げ、エドワードの最愛の妻であるドロシーの墓標に向かって歩いた。

 両側に大理石で創られた真っ白な天使に擁かれて、中央にドロシーの墓標がある。
「ドロシーおばさん。ワタシ、ソロのコンサートを催します。きっと、きっと、おばさんにも届くからね。聴いてください。ワタシのピアノを」

 魅華は、自身のコンサートの前に、ここに来るべきだとずっと想い続けていた。
 自分の集大成としてのソロコンサート。
 それを開くことが出来たら、叶ったら報告に来ようと。

 墓標の足元に、ふと目を留めると誰が捧げたのか、一輪の赤い薔薇と、花の下に魅華のソロコンサートのビラが添えてあった。

「えっ! 赤い薔薇と共に……」

 魅華が振り返ると、
 走り去るバイクのテールライトが闇の中に吸い込まれるように遠くに消えていった。