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 先ほどふさが愚痴ったように、水曜日は暇なのは間違いなかった。水曜日は朝から精力的に活動するプレイヤーは少ない。昔この店が螺旋回廊の最奥にあった名残で街の入り口から右半身をこすりつけて店の左側のアクセス範囲ギリギリから話しかけてくるあの人とか、バフのタイムテーブルが特定の周期で変更されてるのに気付いて分単位で話しかけてくる時間を調節するような面白みのあるプレイヤーも来ない。まあそんな中で外へ街へと往復する数少ないアクティビティな人に目をやったり、私たちのおかげで人気スポットになったテラスに腰掛けた人に手を振ってみたり、近くのチャットログを漁ってゲーム内の事情把握に努めたりと暇は暇なりに暇を満喫していた。
「あら……」
 街中のNPC地点からランダムにゲーム開始位置が選ばれるのだが、久々と思えば久々に新規プレイヤーの案内イベントが発生していた。
「ようこそAOへ!」
 そう発言する占い屋さんに、まだ使い慣れないインターフェイスで新規プレイヤーはアクセスしていた。
「はじめまして、私は占い屋です。こうして会えたのも何かの縁。この世界の説明をしますので、少しお時間をください」
 定形文、生真面目に台詞が全て表示されてから会話送りするのに好感を覚える。
「AOはあなたにとってどんなオンラインでもいい、始まりのオンラインでも、終わりのオンラインでも、戦い続けてもいい、生活をするオンラインでもいい、だからAOはタイトルの略称ではなく、AOがこのゲームのタイトルなのです」
 その謳い文句に偽りはなく、このゲームではゲームとしての内容以上に1キャラクターとしての生活が作り込まれている。
「このゲームに貴方を制限するものはありません。今お腹は空いてますか? そこのお店で食事をしてみても良いでしょう。すぐにでも戦いたいですか? 勿論何処へでも行けます。ただ始めたばかりでなら東の門から向かってみる事をオススメします」
 レベルによる移動制限が無いので、この街から東西南北何処へでも行ける。ただデスペナルティが重いこのゲームですぐに自分に見合っていない狩場に行く事は非推奨。開始のイベントでもやんわりと伝えられるが、実際にそちらの方に行くと門番のNPCがとにかくしつこく粘着してくる。可能な限り気をそらせるよう遊んでいる節すらある。PKが運営の公式ロールであるからPKの主戦場に行く事もあまり好ましくない。露天もこのゲーム唯一のレベル差による取引制限で序盤は特に取引が出来ないので、薦めるべきは初心者用のレベリングマップか街中をゆるりと歩き回る事くらいになる。
 忠告通りピカピカ冒険者は東の方へ進んでいった。次に顔を合わせるのはもう少し逞しくなって、この店のシステムを利用する時だろう。
「貴方に幸あらん事を」
 と、占い屋さんらしい台詞だろうか。最近ふさとの付き合いでキャラが、いや自分のアイデンティティすら崩れかけている気すらしてしまった。
 珍しいイベントはあったと言ったものの、その後はまばらに来る客を相手にしつつ周囲を眺めて過ごすだけだった。数時間ズレで私もAOを後にした。

 ふさと郵便屋さんは全くと言って良いほど似てなかった。例えAOの郵便屋さん本体と、ふさ本人が紐で結び付けてあって、この二人が同一人物ですと言われても納得出来ない。ふさは出来るなら今この場でも郵便屋さんのように、言える事なら言えるだけ言いたい、とまでは伝えてくれたが見た目通りそれは出来ないみたいだった。似ても似つかない郵便屋さんに毎日愛を囁かれ、ささやかなふさからはそれを感じる事は難しく、日々AOと交じり合って行く様な感覚に陥っている自分と彼女の自我に戸惑っていた。
 ふさは一言で言えば地味な子で、控えめな性格だった。気ままな自分とはあまり馬が合う様に感じなかったけど、占い屋さんが郵便屋さんにこれでもかと告白されてから、一体何が起こっているのかと画面外に目をやった。
「好きなんです」
 と何通りの解釈が出来るのか判らない一言を頂いて、奇妙な関係が始まった。私とふさと、占い屋さんと郵便屋さんと。
 ふさは何時も目を伏せがちで――そんなのは画面に向かう事が多いこの集団でそれほど珍しくはないが――前髪も長くて典型的な根暗そうな女子の風貌。座っていても肩を縮こまらせていて、デスクに向かっている時は猫背で背中の筋肉がおかしくなりそうな体勢で居た。普段はペットボトルのお茶に昼食の入ったコンビニ袋が置いてあるだけだが、一人の時は椅子の上に体操座りなり正座なりをして、細かなお菓子を傍らに広げて気を緩める。コミュニケーションも少ない、自分から何かする事も滅多に見ない、あの時度肝を抜かれて部屋を飛び出して探し回らなければ、同じ建物に居ても後数年は知らなかったんじゃないかと思ってしまうような、普段の人柄はそういうもの。
 鬱屈とした日常生活のストレス解消にでも愛を叫び回ってるんだろうか、邪推してしまうものがある。
 占い屋さんとして店番をしているのは好きだ。暇でも忙しくても、性質の悪い客だろうが、常連だろうが、それがああ世界の中であるんだなと感じられるのが面白い。AOのこの街がとても小さな状態だった頃を知るプレイヤーは殆ど居ないだろう。サービス開始直後のログイン人数に合わせて一気に発展してしまったのだから、本当に初期の初期状態を知っているプレイヤーはホンの一握りで、景色なんて意識して見たプレイヤーは居るか居ないかといった具合。ただ私は周りを見て、日々世界が構築されていく様を見続けていた。まだシステムも理解されていない時代のプレイヤーの噂話、不便なバフ屋への愚痴、アップデート後の浮ついた会話。私個人でも遊んでもいるが、NPCとして感じられるものはそれはそれで面白かった。若干皮肉の利いたNPCのキャラ付けも受けて、NPC同士の掛け合いや新キャラも実装される機会が恵まれた。郵便屋さんが出来たのも占い屋さんよりも少し後だっただろう。その時はまだAOの自治には種族差別が存在していて、郵便屋さんは街の奥の奥から毎日仕事に外に出て行く設定だった。占い屋さんは仕事柄偏屈な人間で、わざわざ奥まった場所に店を構えていた訳だ。
 郵便屋さんなのかふさなのか、どこでどう知ったのかは定かではないが私が占い屋さんとして気ままに楽しんでいるのを知った、とふさは初めて話しかけてきた。
「占い屋さんは素敵ですね」
 その時の一言の関わりが、その内に大熱弁に変わるようになるとは夢にも思っていなかった。
「お仕事頑張ってくださいね」
 きっと、占い屋さんにだろう。そう思ったから、占い屋さんらしくと台詞を打ち込んでいた。可愛らしい身振りで羽を弄る様を見て、こんなエモーションがあったのかと不思議に思ったが自分に羽がないのだから出来なきゃ知るよしもないではないかと少し羨ましかった。

 ふさ本人が喋るのと、郵便屋さんとして喋る量は不衛生な事に逆なので、何かしかもそちらで話し出す事が多い。気取っている反動で普段何も言えなくなっているのかもしれない。
「週末お暇でしたら、一日御一緒してもらえませんか?」
「暇なので、いいですよ」
作品名:K4 作家名:レオナ