お星さまとギター
クリスマスコンサート
今年の冬は何だか早く来る気がした。店の入り口のガラスの扉が木枯らしに揺れていたからだ。風の強い日だから仕方がないが、それにしてもこんな事は滅多には無い。
ウチも一応はイタリア料理店なのでこの時期はクリスマスの飾り付けをする。大した事はしない。それは夫の方針でもあるからだ。
「毎日来てくれるお客さんを大事にする」
それが口癖で、「お客さんの笑顔が一番」と言う事も常に付け加えるのを忘れない。夜なんか興が乗るとお客さんのリクエストに答えて、ギターで歌う事もある。演奏の腕は落ちていないと思うが本人は歌手を引退したつもりなので、本気ではない。それは、わたしだけに判る事なのだ。
十二月に入ってもお店は順調で特別な事は無かった。今年もこうやって暮れて行くのだと思っていた。だが、それは突然やって来た。
ある日、店のガラス戸の向こうをカッキーこと柿沢タツヤが横切って裏手から入って来た。
「あら、カッキー今日はどうしたの?」
普段なら正面から入って来るのに今日に限って裏手から入って来るのは何かあると感じた。
「十二月の二十五日の日曜日は店は休みだよね」
カッキーは夫の純ちゃんにでは無くわたしに問いかけた。
「そう、日曜だから休みよ。二人でお正月の買い物にでも行こうかと思ってるの」
わたしの言葉にカッキーは突然両手を合わせて
「純をこの日貸してくれないかな?」
そんな事を言って来た。純ちゃんの顔を見ると鳩が豆鉄砲食らった顔をしている。
「おい、いきなり何だよ。俺に話を通してから陽子に言うのが筋だろう」
純ちゃんが口を尖らせてカッキーに言うと
「悪い悪い、でもお前なら了承してくれると思ってるからさ」
カッキーは悪びれず、そんな事を言う。
「ねえ、ちゃんと話してくれない?」
わたしが言うとカッキーはわたしと純ちゃんを座らせて、その前に椅子を出して座り
「実はさ、俺の出た『ひまわり園』で二十五日の日にクリスマスソングの簡単なコンサートと言うか歌を聴かせてやりたいんだ。この前、園に行ったら、園長先生が『一度ちゃんしたクリスマスソングを子供たちに聴かせてあげたいの』って言っていたんだ。俺の育った所だし、訊けばちゃんとした音楽に触れる機会が少ないそうなんだ。だから俺で良かったらと園長先生に言ったんだ」
カッキーは実は孤児で、孤児院で育ったのだった。その事はヒット曲が出た時にマスコミで取り上げられたので結構有名な話だ。有名になってからも、売れなくなってからも自分の出た孤児院の「ひまわり園」には何時も何かしら援助と言うか協力しているカッキーだった。名前の柿沢タツヤと言うのは芸名だが本名は園長先生がつけてくれたそうだ。そんな想いがあるので、こんな事を考えたのだろう。
「で、なんで、純ちゃんが一緒にやるの?」
そうなのだ。カッキーは純ちゃんを誘いに来たのに違いなかった。
「いや、クリスマスの曲なんて子供向けはそんなに無いしさ。俺一人じゃ時間を持て余してしまうから純が一緒なら子供も喜ぶと思ってさ」
正直、なんで純ちゃんが一緒だと、園の子供たちが喜ぶのかは判らないが、カッキーが純粋な気持ちなら協力しても良いかと思った。
「ギャラは?」
「子供たちの笑顔」
「なら決まりだ。協力するよ!」
何ともあっけらかんと決まってしまった。そうだよね。純ちゃんは何より笑顔が好きなんだよね。カッキーも良く判っている。
それから二人は当日何を歌うかを決める作業に入った。店が終わる頃にカッキーがやって来て二人で頭をつ付き合わさせて決めた。それがこれだ!
1.きよしこの夜
2.おめでとうクリスマス
3.赤鼻のトナカイ
4.風も雪もともだちだ
5.サンタが街にやってくる
6.ジングルベル
7.ホワイト・クリスマス
8.もろびとこぞりて
この八曲に決めた。時間が30〜40分ぐらいなのでこれに決めたそうだ。これ以上長いと子供たちが飽きてしまうと言う事も考えたそうだ。歌詞は全て日本語で歌う事に決めた。相手が子供なので英語より日本語の方が良いと言う考えだった。
それからは、毎晩店が終わると二人でギターを出して練習していた。何だかんだ言っても純ちゃんは歌うことが好きなんだと改めて思う。あの時、これからも趣味では歌を歌うと言っていたが、このような事なら、わたしも大賛成だ。
当日、わたしは子供たちに食べて貰えるように沢山のクッキーを焼いて持って行く事にした。カッキーにその辺の事情を尋ねると、
「安心して食べさせられるお菓子は大歓迎」
との事だった。何でも園長先生の方針でなるべく既製のお菓子は与えたく無いのだそうだ。既製品には色々な添加物が入っているので、なるべく子供には与えたく無いのだそうだ。わたしは、そんな事も知らなかった。
いよいよ当日、日曜でお店は休み。わたしと純ちゃんとカッキーは車でカッキーの出た「ひまわり園」に向った。
コンサートをする時間は午後の2時半からで、歌が終わるとおやつの時間となる。その時にわたしの焼いたクッキーが配られる事になっている。
カッキーは園に着くと、園長先生や他の関係者にわたしと純ちゃんを紹介してくれた。
「ようこそ、今日は本当にありがとうございます! 子供たちも楽しみにしています」
皆が口々にそう言ってくれた。純ちゃんもカッキーも笑顔を絶やさないが段々と表情が真剣になって来る。長年の付き合いのわたしには二人の本気度が手に取るように判る。
時間になって園のホールに集まった子供たちの前で二人がギターを引きながら歌って行く。一人は現役の歌手、もうひとりは引退したとは言え、現役の頃と変わらない腕と声の持ち主。その見事さは素人の比では無い。実はわたしもピアノなら多少出来るので参加しようと考えたのだが、参加しなくて良かった。わたしのピアノが入ったら台無しになるところだった。その代わり、この演奏が終わったら、真剣に焼いたクッキーを皆に食べて貰おうと思った。
歌は殆どの子供が知っている歌ばかりだったので、子供たちは楽しんでくれたみたいだった。それぞれの笑顔でそれが判る。
演奏は好評のうちに終わり、その後わたしの焼いたクッキーが配られた。歓声が一層大きくなった。
全てが終わり、片付けて帰ろうとすると園長先生が
「今日は本当にありがとうございました! お二人のギターの演奏の見事さに子供も始め皆驚いていました。生の演奏があんなにも心に響くなんて……本当に素晴らしい体験でした」
そうにこやかにお礼を言ってくれると。純ちゃんが
「そうですね。やはり生の体験に叶うものは無いと思います。また何かありましたら柿沢君に言ってください」
そんな事を言った。柿沢くんだなんて言ったのが妙に合わなくておかしかった。
車に乗りながらカッキーが
「純も陽子ちゃんも、ありがとう。あの子供の笑顔を見たら俺も幸せになったよ」
そう言うと純ちゃんが
「また、やろうぜ! 子供に笑顔になって貰いたいからさ」
そう言ったのが印象的だった。その時、窓の外を流れ星が流れて行った。純ちゃんが何かお祈りをした。
「何、祈ったの?」
「秘密!」
「ケチ!」
「いずれ判るさ」