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ひこうき雲

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「何で200Aを使えばいいと考えたんだ?」
 先を促す。
「開発が作ってる設計書があるじゃないですか、あれを漁っていたらインバータの計算式があって、それを参考に計算してみたんです。そしたら、200Aでいけるんじゃないかって思ったんです。」
 『思った』だけでモノは作れんよ。設計書を調べたことは褒めるに値するが、問題は、なんで受注しちまったかってことだ。
「なんでまたそんなこと考えたんだ。」
「なんとかしてあげたくて、、、機械室レスが主流になってから10なん年になりますが、機械室レスのノウハウは積み上げてきたのに、どうしても制御盤の薄型化が出来ない。って、それにはインバータの小型化が必須だったって。で、薄型を売りにしたウチのエレスリムにすごく期待していたのに9kWには対応してない。また大手に対抗できない。」
 屋上に機械室を設置する必要のない機械室レスエレベーターは、あっという間に業界の主流になった。得意先にずっと言われ続けてきた。って訳か。
 だからといって。
 開発の連中の顔が浮かぶ。
「無い製品を受注して良い。という話にはならんだろう。どんな状況になるか分からなかったのか?製品の開発にはな」
「開発案件になるとは思わなかったんです。200AのIPMは、現行のエレスリムで使っている150AのIPMと同じサイズじゃないですか。載せ替えればいいでしょ。」
 語気を強めた俺の言葉を遮り再び声を荒げた諸岩が俯きながら再び持論を持ち出す。
「ずっと、ずっと言われ続けてきた。困っている客を何とかしてあげたい。と思うのが営業なんです。上に要望を出し続けてきたからエレスリムが出る。と聞いた時、やっとサンライズに喜んでもらえると思ったのに。フタを開けたら150Aまで。何でですか?開発は自分達が作りやすいモノだけ作ればいいって思ってんじゃないですか?」
 何だと?今何と言った?
 ここで怒鳴ったら平行線だ。怒りを鎮める。
 そうじゃない。そうじゃないんだ。
「違う。そう考えてるなら後で開発の連中に謝るんだな。君らの声は聞こえていた。だから200Aまで開発しようとした。だが、出来なかった。」
 諸岩が顔を上げる。そこに怒りの色がないのを確認して言葉を続ける。
「確かにサイズは同じだ。質問が途中になってたな。IPMは何に付いてる。さっきみたいにインバータなんて言うなよ。」
 俺は、わざと笑顔を作る。
「なんでしたっけ、あのアルミで出来てる。冷やすための」
「そう、冷却フィンだ。IPMは熱をもつ。熱はどんな悪さをする?」
「熱暴走します。」
 誤動作する熱暴走(サーマルランナウェイ)を知ってるのは感心だが、それは部品単体の話。製品知識としては30点だな。
「そりゃそうだが、それだけじゃない。熱は部品の寿命を縮める。だから、ヒートラン、つまり温度上昇試験をやるんだ。」
 温度上昇試験は、実際の動作条件で、装置の各部がどの程度温度上昇するのかを測定する試験だ。電気を使うあらゆる部品は大なり小なり熱を発する。その温度は時間と共に上昇率が小さくなり、やがて温度上昇が止まる。サチる。と俺たちは言っていたが、つまりサチュレーション、飽和温度だ。飽和するまでの温度上昇を、インバーターの使用周囲温度に足した結果がその部品の使用周囲温度を超えなければ期待寿命を満たすといえる。だから俺たちにとってヒートラン試験は冷や汗物だ。温度上昇で規定を超えたら構造変更やら冷却ファンを追加するなど基本設計からやり直しになる。
 俺たちもただ闇雲に設計している訳ではなく、構造設計をする前に熱に対する基本設計も行う。その段階で200Aは没になった。
「確かに150Aと200Aのパッケージは一緒だ。でも出力が高い200Aは150Aに比べてどうなる?」
 俺はわざとらしく諸岩の目をのぞき込む。当たり前の答えを期待して。
「温度上昇が高くなる。ですよね。あ、だからか。」
 やっと諸岩の中で理由が繋がったのか、納得したような表情でとっくに火種の落ちてしまった煙草を灰皿に押しつけた。
「そう、150Aの冷却フィンじゃ冷やしきれない。コストをそぎ落としてるから150Aの冷却フィンに性能的な余裕はない。」
「じゃあ、200A用の冷却フィンを作ればよかったじゃないですか?」
 諸岩のトーンが上がる。そう来るよな。普通。だからダメなんだ。
「冷却フィンの仕組みは知ってるよな?」
「もちろんです。」
当然というように鼻を膨らます。
「じゃあ、何で出来なかったか分るよな?」
この商売の場合、『知っている。』というのはそういうことだ。
「出来なかった理由・・・コストが掛かるとか・・・」
まあコストもあるがな、それは本質じゃない。まあいい。
 ガラス張りの明るいオフィスで、ここだけヤニの黄ばみを隠し切れないガラス越しに小走りに部長室へ向かう公子の姿が映る。そろそろ部長の耳に届いた頃だ。時間がない謎々はここまでだな。
「まあいい。コスト以前の問題があったんだ。IPMを取付けている冷却フィンはアルミブロックに板状のフィンを沢山付けている。そうすることで、アルミに熱伝導、つまりアルミに伝わって広がったIPMの熱が空気に触れる面積を増やしている。ただのブロックより板が沢山あった方が面積が増えるだろ?この辺は車のラジエーターと同じだ。ラジエーターなんて、ヒダヒダの中に冷却水まで通しているだろ。ま、それは置いといて、その板を沢山つけただけじゃ触れる空気が少ないから、ファンで空気を送り込んで沢山の空気に熱を奪わせる。」
 俺は、一区切りすると、新しい煙草に火を付ける。ハムちゃんに見つかったら部長のところへ行って、そこから忙しくなる。今のうちに吸っておくことにする。
「ラジエーターなら分かります。なるほど、そうですよね。」
 納得の目をしている。こいつ、今どきの若いのにしては珍しく車好きなのかもしれない。ハイブリッドは素晴らしい技術の結晶だが、若者の車離れを招いたと思うのは俺だけだろうか?
 まあいい。続きを急ぐか。
「そう、だからもっと熱くなる200Aを冷やすには、冷却面積を増やす必要がある。つまり、薄型化が不可能になる。」
「そうだったんですか、」
「そういうことだ。冷却方式を変えれば何とかなりそうだったんだが、構造がまるで変っちまうから、シリーズ化が困難ってことで、200Aはラインナップに加えられなかった。」
「ということだ。開発は営業の事を考えてないわけじゃないんだ。だから謝れ。いや、謝りに行くぞ。」「えっ?行くって?」
 煙草を揉み消しながら言う俺に素っ頓狂な声で答える諸岩の向こうに公子の呆れ顔が見える。
「何だハムちゃん、怖い顔して。」
 ガラスのドアを嫌そうに開けた公子におどけた調子で声を掛けた。
「もー、ふざけてる場合じゃないですよっ。部長がお呼びです。」
「だろうな、じゃ、諸岩君は出張の準備をしてくれ。俺は部長のところへ行ってくる。」
「えっ、出張?」
 諸岩と公子が目を合わせる。公子の大きな瞳は、二重のまぶたの演出もあって表現豊かだからからかい甲斐がある。
「そうだ。開発案件の打合せに行くぞ、ハムちゃんはお留守番だ。俺が部長のところから戻ったらすぐ出掛けるぞ。」
作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹