ひこうき雲
アイツを恨んだかもしれない。が、実態はそういうことだったんだ。このまま開発の人達が腐ってしまったら文字通り宝の持ち腐れになる。それを心配していた。だから開発から転職者が大勢出た時、アイツはね、泣き笑いして言ってたよ。
「腐りきって技術者としての部下が死ぬよりは、腐る前に技術者として巣立ってくれた方がいい。」
ってね。本当は冨川は無念で仕方が無かったんだ。」
俺は、我に返った。
転職していく後輩たち、その都度冨川部長は開発1課の土川課長に声を掛けて開発1課を挙げて送別会をやっていた。また、冨川部長は部下に色紙を用意させて送別会までに回覧していた。送別会の最後、みんなのメッセージの色紙を渡してから全員で記念撮影をするのが恒例になった。本来ならば、転職していく奴は裏切り者。仲間内ならともかく、部署を挙げて部長まで来て送り出してくれる。後ろめたく思っていた分感激して男泣きに泣いた奴もいる。
そういうことだったのか、俺は誤解していたのかもしれない。憎まれ口は、自分の元では報われることがない部下を奮い立たせるための演技だったのかもしれない。新しい道で技術者として幸せになるために。
「今度は、ウチの会社のために、頑張ってくれないか。柿崎さん。あなたは冨川のイチ押しだったんだ。だからウチに来てもらった。」
不意に込み上げてきた熱い思い。スライドショーのように何百枚もの開発の日々が脳裏を駆け巡る。滲んだ俺の視界に映る荒井営業部長の顔に冨川設計部長の笑顔が重なる。
俺は、差し出された手を強く握った。
そう、今朝は全ての景色が違って見える。いや、ここ何年かの腐りかけた俺は景色の見方が違っていただけなのかもしれない。懐かしいこの感覚。なんのしがらみもなく製品開発に打ち込んでいた日々の感覚に似ている。技術者としてみんなと成功というゴールだけを目指して突き進んでいた日々。
そう。眠くなんかない。
俺はまだまだ役に立てるんだ。こんなに嬉しいことはない。