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尖閣~防人の末裔たち

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「なるほど、中国に釘を刺す。という訳ですか?確かに事実を先に明らかにすれば、中国も下手な細工はできない。最近得意な高圧的な対応でさえも他国を白けさせるだけになるということは、彼らだって分かっているでしょうから。しかし、それは同時に対応能力の面で日本が抱える問題を明らかにできないということになるのではないでしょうか?対応に時間が掛り過ぎる縦割り行政。対応することが出来ない法体制。。。もっとあるかもしれません。それを明らかにするチャンスでもある。ということを忘れていませんか?」
いつもよりさらに丁寧な河田の話を聞いているうちに、古川の中に込み上げてくるものがあった。派手なジグザグ航行、棒を振りかざしての中国海警船への威嚇、無線の傍受、そしてCICのハッキング。。。あんたらは一体どうしたいんだ?あんたらが行動した結果がこれなんじゃないのか?話の途中から古川は河田の目を正視できなかった。
「それは、ごもっともなお話だとは思います。確かに日本の対応能力は低い。でもね河田さん、人が死んでるんですよ。。。いや、死んだと決まった訳じゃないが、、、これ以上事態を悪化させて何になるんですか?犠牲を増やすだけじゃないですか?」
古川は、言葉を重ねる度に拳に力が入っている自分に気付いたが、自らをなだめようとする気持ちは起きなかった。これを放置したら最悪日本は戦争になる。
 P-3Cが今度は、船首方向からこちらに向かってくる。先ほどより更に高度を下げているようだ。あっという間に頭上を掠める。「爆音」と言う言葉がぴったりのエンジン音と船の立てつけの弱い部分を指摘するような振動を与える主に、古川と河田は目を向ける。P-3Cを見つめながら古川は、もう少しで河田を怒鳴りそうだった自分自身に苦笑した。P-3Cが割って入ってくれなかったら、俺は客に怒鳴っているところだった。
 河田は密着取材という仕事の雇い主、即ち古川にとっての「お客」なのだ。少し言葉が過ぎたかも知れない。と、古川は河田の目を覗きこんだが、河田は、少しも表情を変えていなかった。それでも何か取り繕う言葉を探す古川を見透かすように河田は笑みを浮かべると
「その通りです。犠牲が出てしまったし、このままでは更に犠牲が増えるでしょう。何故なら打つ手もスピード感も持たないからですよね?では何故そうなってしまうのか?縦割りな行政と曖昧な法体制が原因ですか?多くの人は、そこに行き着く。そして行政改革だの法改正だのと叫ぶ、そしてそれには当然反対意見がある。それは「何もしないことこそが平和を守る」ことになる。という戦後社会の慢性病があるから仕方がない、思想はともかく、日本人なら誰も戦争なんか望んじゃいないんです。もちろん我々もです。
しかし、日本を取り巻く情勢は変化し続けているんです。行政改革や法改正には、賛成・反対のバランスこそ時々の情勢により異なるでしょうが、結果には殆ど影響がありません。平和が絡むと折衷案が採択されてしまうからです。それは何故ですか?危機感がないからなんです。特に日本の場合は平和に対する慢性病を抱えている。これを上回る危機感を持って貰わなければ響かないんです。
日本人の目を覚まさせるためには、この体制と法では何も出来ない。と言うことを証明してみせる必要があるんです。驚異論などというカンフル剤などではもう駄目なんです。生け贄が必要なんですよ。」
河田の言葉は生徒に諭すベテラン教師のような話し方だったが、次第に熱を帯びてきた。これが飾らない本音なのだろう。その言葉のひとつひとつが古川の頭に考えさせ、そして理解するほどにその胸を熱くした。しかし。。。と古川は反芻する。もともと日本は病んでいるんだ。その病を生け贄で治す?それこそ原始的ではないか?俺はジャーナリストとして、別の方法でこの病を治してやる。河田の言葉は、河田の意に反して古川に新たな決意をもたらす原動力となっていった。
「私は、そのための生け贄こそ、犬死にだと思います。それでこの国が変われるなら、もうとっくに変わっているんじゃないですか?
犠牲者が出ても、臭いものには蓋をするという国民性が、事態を葬り去り、あるいは故意に風化させてしまうでしょう。
今回の犠牲を私は私の立場で最大限に活かし、世論に訴えようと思います。今の日本はあまりにも準備不足です。今回はこれ以上事態を悪化させないほうがいいんじゃないでしょうか?」
古川は、まっすぐに河田を見つめた。
河田は、無言でその目を見つめていたが、あきらめたかのように視線を外して空を見上げると、深く息を吐いてからやっと口を開いた。
「ペンは剣よりも強し。。。ですか。ま、いいでしょう。手段は違えど、目的は同じと理解しました。古川さん、あなたはあなたで思う道を行くべきです。但し、ここへは私の密着取材で来ている。ということをお忘れなく。私はあなたへの協力は惜しまないが、同様にあなたは私に協力しなければならない。」
分かってますよね?と、河田の目が言っているようだった。古川は目をそらしたくなる気持ちを抑えて
「私もジャーナリストはしくれです。信念の許す限り協力させて頂きます。」
古川は、答えた。今日ここで目にしたもの、耳にしたことから、自分の思想の実現のためなら手段を選ばない男。という河田への印象を新たにした古川は、毅然とした答えをしたつもりだったが、歯切れ良く伝わったかどうか不安が残った。
「それでいいです。それが聞きたかった。今回はここら辺で引きましょう。ただし、いつまで中国海警ここに居座りつづけるのか、あるいはいつまで我々がここに留まったら排除してくるのかは見届たいんです。よって、しばらくこの海域を周回します。もちろんこれ以上エスカレートはさせません。ただの様子見です。」
河田は、これが最後だと言わんばかりに抑揚なく告げる。
「わかりました。ありがとうございます。」
古川もまた、無気質に答えた。これで密着取材が最後になるような予感が古川の頭の中をよぎった。
やはり目的は同じでも、その考え方、手段が異なる場合うまく行かないことが多いな。。。かまうものか!古川は、言いすぎたことに少しの後悔と大きなすがすがしさを感じていた。
再びP-3Cが頭上をかすめて飛び去っていく。単独で上空に貼りついているP-3Cは、河田の漁船と中国海警船が交互に規則正しく並んだ異様な船団を中心に東西、そして南北に8の字に飛行していた。それはまるで四つ葉のクローバーを夏の青空に刻み込むように何度も何度も繰り返されていた。領海を侵犯され、巡視船という直接的な歯止めが不在となっているこの状況では、上空のP-3Cによる執拗な低空飛行しか手はないのだろうが、古川にはその空のクローバーに恐れをなして中国海警船が領海から退去するとは思えなかった。中国海警船は、「日本は絶対に攻撃してこない。」ということを熟知している筈だ。攻撃される心配がないからこそ、中国は、日本に威嚇されるだけされておいてトラブルを引き起こす隙を狙っているのではないか。。。再び旋回し始まった長い尾P-3Cの哨戒機独特の磁気探知機を目の隅に捉えながら古川は胸騒ぎを感じ始めていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹