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尖閣~防人の末裔たち

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海上保安庁巡視船「はてるま」の船橋で、船長の兼子と、この船を飛び立ったヘリコプター「うみばと」とのやりとりを傍らで聞いていた副長の岡野が溜息を吐くように弱々しく言葉を発した。
その言葉を掻き消すように各船のスピーカーが中国漁船に警告文を流している。巡視船隊は中国漁船が魚釣島に接近しないように右へ、左へと頻繁に針路を変えてその針路を変えさせようとしている。しかし一向に中国漁船は諦めようとせず、巡視船の隙を突くように執拗に針路変更を繰り返していた。
「とにかく、あの漁船団を追い払うまでは我々はこの場を離れられないし、この状態では「うみばと」を着船させることも困難だ。。。操縦席に座らせたままでは、ろくな応急処置もでいないだろう。止血すら完全でない筈だ。あの青年を死なす訳にはいかんっ!早く降ろしてやらないと。。。レーダーを見せてくれ。」
兼子の脳裏に屈託のない昇護の笑顔が映る。そして、その父親である護衛艦「いそゆき」艦長とこの海での助け合ってきた様々な出来事が心の中に響き渡る。
-ん、「いそゆき」か。。。何とかなるかもしれん-
兼子はレーダー卓に立つと。岡野を手招きした。
「当然石垣島までは行けない。巡視船「ざおう」は北東約150海里(約278km)遠すぎる。2時間近くはかかる。無理だな。やはり、頼むしかないだろう護衛艦「いそゆき」に。。。東に50海里(約93km)こいつが一番近い。ヘリなら30分も掛らん。しかも護衛艦は足が速い。あの速力でこっちに近付いてもらえば、もっと時間は短縮できる。」
兼子はレーダーの画面を指差しながら岡野に同意を求める。
「海自にこれ以上近付かれたら危険じゃないですか?中国が黙っていないんじゃないですかね。」
岡野は、若干顔を傾け、右手で顎をさすりながら慎重に答える。最近副長としてサマになってきた岡野の考えている時の仕草だ。
「いや、「うみばと」がメーデーをコールしたよな?これは国籍・所属を問わない周辺への救助要請だ。これを受信したといって行動してもらえば国際法で認められた救難活動になる。いくら中国だって手出しは出来ない筈だ。これなら大丈夫だろ?あの艦長だってやってくれる筈だ。
浜田君。あ、あの機長だが、こんな近くに我々がいながらメーデーを発信するなんてなかなか機転が利く奴だよ。」
-この案を飲まなかったら、人が死ぬぞ!-
穏やかに諭すような口調で兼子は岡野に説明したが、目は岡野を射るように厳しかった。
「ん~。なるほど。そいう手があったんですね。海自さえ同意してくれれば。。。同意してくれますかね~」
なおも岡野は疑問を持っているようだが、待ったなしだ。
「それを気にしていたら何も出来ないさ。一刻を争う事態だ。背に腹は代えられない。やってみよう」
兼子は岡野を畳みこんだ。岡野への多少の失望の色を表情の陰に滲ませながら。。。
-まだ甘いな。疑問に思っている猶予さえないんだよ。同意してくれるに決まってる。「いそゆき」と俺達「はてるま」は今までだって上手くやってきた。しかも負傷者は「いそゆき」艦長の息子だ。結果はどうあれ、関わらせてやりたい。。。俺だって同じぐらいの歳の息子がいるんだ。きっと無線のマイクを手に自分からは手を出せないもどかしさに苦しんでいるに違いない。俺には痛いほど分かる。-
通信士に海自との共用周波数を設定させると。兼子は淡々とマイクに向かって言葉を連ねた。あの艦長を動揺させてはいけない。。。
「尖閣諸島付近を航行中の海上自衛隊護衛艦「いそゆき」へ、こちらは海上保安庁第11海上管区保安部所属巡視船「はてるま」船長の兼子です。現在魚釣島領海を侵犯中の中国漁船に対して阻止行動を実施中。本船から同海域で行動中のヘリコプター「うみばとが」何者かによる銃撃を受けた模様。副操縦士が負傷。上空では応急処置が施せない状況です。」
「何者かによる銃撃」という言葉を自らの声で発した時、込み上げてくる怒りに声が震えているような気がした。
-絶対中国海警が撃ったに決まってる。野蛮な奴らめっ-
動揺しているのは俺の方かもしれないな。兼子はマイクのスイッチから手を離すと。苦笑も出来ずに顔を歪ませた

海上自衛隊護衛艦「いそゆき」のCICでは、2時間ほど前から艦長の倉田が、海上保安庁の交信をモニターしながら、時々レーダー画面を覗き見していた。途中で昼食を採りに行き、30分ほど前にCICに戻ったところで、海上保安庁の交信が逼迫し始めていた。そして間もなく「メーデー」を3回繰り返す救難信号を受信した。その時の血の気が引くと同時に手出しが出来ないことに噴き出す憤りに自分でも一瞬制御が効かない精神状態に陥った。こんな気持ちになったのは初めてだった。対艦ミサイルハープーンに発射準備を掛けたい気持ちを何とか抑え、総員即時待機の命令に留めることができた。その救難信号に応じた巡視船「はてるま」とヘリコプター「うみばと」に周波数を専有させることが国際法で認められているため、救助要請を受けるまで「いそゆき」は割り込むことができない。
 そもそも、自衛隊の護衛艦。当然呼び方をどう変えようが他国にとっては軍艦である「いそゆき」が、尖閣諸島の領海近くまで進出すること自体が「中国を刺激する」ことになるという政治家の一方的な配慮で禁止されている。このため「いそゆき」は付かず離れずの「間合い」をとって日常の警戒をしているのだった。特別の事情が無い限りこれ以上近づけない。。。だいぶ気持ちが落ち着いたが、こちらから手が出せない憤りだけは消すことができなかった。右手にマイクを持ったまま息子の昇護が乗る「うみばと」の通信に全神経を集中させている。額の汗を何度目か拭った時、巡視船「はてるま」からの通信が入った。
よしっ!渡りに船とはこのことだ。倉田は思わず左手の拳を握って振り下ろし、即座に無線のスイッチを入れた。
「海上自衛隊護衛艦「いそゆき」艦長の倉田です。救難信号は本船でも受信してます。無線も傍受させてもらっており、準備は出来ています。本船は、貴船の東方50海里(約93km)。救助を要請しますか?」
いてもたっても居られない倉田は、即核心に迫った。
「こちら巡視船「はてるま」御配慮感謝します。救助を要請します。本庁にも連絡済みです。中国漁船の阻止のため我々は身動きができません。貴艦には、飛行甲板に「うみどり」を着艦させ、負傷者を収容して頂けないでしょうか?負傷者の止血が完全に出来ていない状態ですので、一刻を争います。こちらに向かって移動し、距離を縮めて頂けませんか?」
-そうか、救助という名目ならあの海域に遠慮なく入れる。さすがですね兼子船長-
倉田は、口元を緩める。
「了解、全速力で向かい収容する。こちらには、簡易だが手術室もある。安心されたし。「うみどりと」の通信はこちらで引き継いでよろしいか?」
指揮系統が複雑になることは、即ち間違いの元となる。もはや1秒たりとも無駄にできない。その認識がお互い合っていればいいが、、、倉田の表情に不安の影が横切る。
「。。。必要事項を伝達したのち、そちらへ引き継ぐ。よろしく頼みます。」
何か揉めるような言葉が最初聞こえたが、良かった。同じ考えだ。倉田に顔に安堵の色が浮かんだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹