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尖閣~防人の末裔たち

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河田の答えを聞きながら、古川は双眼鏡を覗く。見る見るうちに針先のように尖ったアンテナ類だけでなくマストの柱が爪楊枝のように見えてくる、そしてその付け根も見えようとしていた。明らかにこちらへ向かっている。3隻ぐらいいるだろうか。。。水平線までの距離は、今自分が立っている場所の高さを加味しても5キロ程度しかないだろう。
古川は、
「ありがとうございます。ぐんぐん近付いてきますね。」
と言いながら双眼鏡を河田へ返した。
河田は無言で頷く。その眼差しが光って見えた。少し目が潤んでいるようだ、それは決意ともとれるし、怒りともとれる。とにかく激情のあまり潤んでしまったかのような真剣な眼差しだった。
河田は、古川から視線を外し、真っ直ぐ水平線を見つめる。そして、後方に続く船団を一瞥すると、視線を前方の水平線に戻した。深呼吸で河田の細いが線の太い肩が大きく動くのが見えた。そして口元にヘッドセットのマイクを寄せると
「こちら河田だ。前方に複数の船舶。全艦、横陣隊形を取れ!」
と、吹き込んだ。普段の会話よりも一段トーンを落とした堂々とした、低いが聞きとりやすい声だった。
それと同時に、後方から、一斉にエンジンの出力を上げる音に古川が振り返ると、急に出力を上げたことで上がった黒く濃い煙が各船からたち昇って行くのが見えた。古川達が乗る「やまと」を先頭に1直線に並んだ単縦陣をとっていた船団は、2番船は左、3番船は右、そして4番船が左、5番船が右へと、散開し始まった。見事に左右バランスのとれた散開は、その航跡がまるで真っ直ぐな植物から枝が左右互い違いに伸びていくように自然で美しかった。飛行機でいうならば、スモークを曳いて曲技飛行を行うアクロバットチームのようなものだった。
「すごい」
古川は、カメラを両手に持つと、シャッターを切った。
各船が「やまと」のラインまで舳先(へさき)を並べ、横一列になると、高鳴った各船のエンジン音が一段穏やかになった。その音に今まで掻き消されていたのか、古川の耳にヘリコプターの音が聞こえてきた。

海上保安庁中型ヘリコプター「うみどり」が巡視船「はてるま」を飛び立ってから僅か数分で視界に2つの船団が入ってきた。
両者とも「うみどり」に側面を向けて航行している。
 向かって左手を横一列に広がって左から右に進む5隻の漁船は、何れも船尾に大きな日章旗を掲げているので河田のマグロ延縄漁船団であることが一目瞭然だった。右手に右から左に向かって進む4隻の船は中国海警の船で、全体に白く、船首に青い斜めのストライプが入る海上保安庁の巡視船のような塗装で、ストライプの間に赤く太い帯が1本ある程度の違いしかないが、海面に対する傾斜が緩く、尖った船首や、低い船橋構造がロシアの駆逐艦を彷彿させる。このままで行けば5分と掛からずに両者は刺し違えるような格好になる。
「ありゃ~。やっぱ海警はガチで阻止する気だな~。昇護、日頃の訓練の成果を見せてやれよ」
予想通りとはいえ、浜田が諦めのような声を挙げる。
床から伸びる飛行機でいうところの操縦捍のような形をした湾曲した一本の棒ーサイクリックレバーを右手で握り、左手で座席左側のスロットルを巧みに調整しながら低空飛行を続ける昇護は、
「了解しました。やはり来ましたね。困った人達だ。」
思わず本音が出る。それは、わざわざ漁船団を率いてこんな危険な海域に来る好戦的な河田に対するものと、自国の領海ではないのにそれを阻止しようとする中国の海警。悪戯に危機を高めている両者に対する昇護の正直な思いだった。あの人達が望み、そして守る平和とは何なのだろうか?
昇護は、グローブに包まれた手が緊張で汗ばむ不快感と、この現実に顔をしかめた。
「ま、そういうことだな。でもそういう輩からも海の安全を守らなきゃな。左から回って河田船団の後ろから船団の上空に張り付こう。」
「うみばと」が河田船団の500m手前まで接近した時、2つの船団がすれ違った。中国海警は、河田の船団を威嚇するかのように、横一列に並んだ漁船同士の間を擦りぬけていく。1000トン級の中国海警の起こす波に100トン級の河田船団は、大きく揺さぶられているのが昇護の目に映る。まるで濁流に揉まれる木の葉のようだ。
-何をしやがる-
先ほどの批判に満ちた感情が、翻弄される漁船と波の飛沫で見え隠れする日章旗を目にした途端に同情と怒りに支配されたことに昇護は気付くゆとりもなかった。俺の目の前で日本人が殺されかけている。。。あんな事をする人達にもきっと妻や親や、子供や兄弟がいるに違いない。誰かの夫であり、誰かの子であり、誰かの親なのだ。彼らを必要とする人達が必ずいる筈だ。。。
昇護の感情の昂りを嘲笑うかのように、中国海警は大きく右に回頭して河田の漁船団に襲いかかろうとしている。
鼓動が高まり、息が荒くなるのが自分でも分かる。
や・め・ろ。。。昇護が心の中で叫ぶ。
「落ち着け!」
浜田は、静かだが力強い声で昇護をたしなめると、無線の通話ボタンを押した。
「PL(大型巡視船の海保内略称)「はてるま」こちらMH(中型ヘリコプターの海保内略称)「うみばと」現在魚釣島東方を飛行中。日本の漁船5隻に中国海警の船舶4隻が至近距離で擦れ違いました。更に漁船は中国海警船舶の追尾を受けつつあります。危険な状況です。」
「MH「うみばと」こちらPL「はてるま」了解。レーダーによると、該船は接続水域から2海里(約3.7km)にある。監視を継続せよ。」
「「うみばと」了解。接続水域に入り次第連絡願います。」

前方から4隻の白い船が接近して来る。俺が乗っているこの船の何倍もある。速度を下げるようにも見えず、針路を変える素振りも全く見えない。さらにその船団は、河田船団と同じように横一列に散開し始めた。古川の目には、陣形を変える時の船の動きは船ごとに緩慢があり、タイミングもバラバラ、辛うじて横1列になれた。という印象が強かった。中国の海警か?船は良くてもやはり河田の敵ではないな。古川は河田の持つ人材の優秀さを改めて実感した。河田の経営する水産会社は、主に再雇用という形で自衛隊経験者を中心に採用しているが、その大多数は海上自衛隊出身であり、海の知識、船の運用にかけては海上自衛隊にひけをとらない日本一の組織とも言えた。
古川はカメラを覗き込む、船のサイズの割りには幅広い船橋、その船橋に横一列に並んだ窓の下に漢字で中国海警と記入されている。古川はシャッターを切ると
「やはり、中国海警ですね。」
と河田に言った。
河田は頷くと、眉を潜めて口を開く、深刻な事態らしい。
「ん~。やつら突っ込んできますね。古川さん、手摺に掴まってください。海水で濡れたら困る物は、リュックの中に仕舞ってください。」
河田はヘッドセットから突き出したマイクを左手で口元へ運ぶと
「こちら河田だ、前方の船舶は中国海警。我が艦隊の間を擦り抜けるつもりだ。全船、舵を中央に固定。動揺、衝撃に備えよ。」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹