尖閣~防人の末裔たち
「あ、やはりお気付きでしたか。ちょっと恥ずかしい気もしていたのですが、部下とも話し合って各船に名前を付けました。大戦末期に行われた艦隊特攻という常軌を逸した作戦に掛けられた兵士の想いを現代に代弁したい。我々の行動手段は船ですから、当然大和沖縄特攻を取り上げていますが、艦隊特攻だけでなく、航空特攻、洋上特攻で散って行った多くの日本人を代弁して活動したいという想いですね。彼らは本当に「天皇陛下万歳」を最後の言葉に突入したのでしょうか?私はそうは思いません。彼らの遺書を多数目にしましたが、彼らの多くは、自分たちの家族を第一に想っていたのだと私は思いました。自分が死ぬことでアメリカ軍に損害を与え、1日でも家族が生き永らえることができるなら、という心で。。。何という自己犠牲の精神なのでしょうか。当時の日本は、都市という都市は民間人をも目標にしたいわゆる「無差別爆撃」が行われ、多くの民間人が犠牲になり、或いは家を失いました。少しでも子供たちを危険から遠ざけようと「学童疎開」が行われたのは今でも社会的に知られていると思いますが、なぜ学童疎開をしなければならなかったのかの背景が伝わっていないと思います。無差別爆撃は悪です。最終的には、原爆投下までエスカレートする無差別爆撃。本来ならば許されるはずがありません。明らかに民間人を狙った虐殺なのです。都市部への無差別爆撃だけではありません。彼らは戦闘機で農村さえも襲い、小学校に銃撃を掛け、挙句の果てには田んぼで遊ぶ子供たちにまで銃撃を掛けました。このように民間人が直接軍の攻撃目標となってしまったあの戦争末期の状況は、明らかに今までの戦争形態とは異なります。この状況を目の当たりにしていた若者の多くが特攻を志願し、あるいは半ば強制されつつも何のために散ったのか?を、もっと現代の日本人は考えるべきだと思うんです。家族を1日でもアメリカ軍の脅威から遠ざけるため、そして未来の日本人が欧米人に蔑まれることなく堂々とこの国を再起させてくれると信じて何千もの若い命を散らしていったに違いない。そして最も多くの若者が特攻で散っていったのがこの沖縄の海なんです。私は、この海で行動することで訴えたいんです。今、この沖縄の海で領土問題が起きている。これをきっかけに国民に目を覚ましてほしい。かつて彼らが命を賭して遺した日本という国をもっと大切にしてほしい。平和と繁栄は、タダでは維持できないということを、金と命と知恵を懸けて守るものだということを。。。座視していて維持できるものではない。まして領土は他国も領土として認めてくれないと領土にはなりえない。中国はそこに付け入ろうとしています。歴史を曲げ、それでも駄目だと思うと実効支配という名の既成事実を作ろうとしている。竹島や南沙諸島のようにしてはならないのです。その意味でも終戦記念日というこの日に2度目の行動を起こすことにしたんです。今回は前回のように易々と引き下がるつもりはありません。きっと中国の漁船団も出てくるのではないか、と私は考えています。今回は徹底的にやりますよ。」
河田の言葉は徐々に熱を帯び、最後には自然と胸の前に拳を作っていた。
古川は、深く頷き、同意と同情の眼を河田に向けると静かにメモを閉じた。自然と胸が熱くなるのを感じた。話の内容のためなのか、或いはこれが河田の人を引き込む話術なのか考えようとしたが、答えが分からないまま、古川はメモを仕舞った。内容も話術も俺の心を掴んだ。ただそれだけだ。警戒することはない。俺は公平に伝えるのが使命だ。それさえ忘れなければいいんだ。古川は、水平線を見つめ、あらためて自分に言い聞かせた。
沖縄の海はどこまでも碧く水平線まで霞もなく見渡せた。今日も何事もないかのように振舞っている美しいこの海には、かつて家族を想い、そして我々未来の日本人に日本を託し、その再興を信じて1人にたった1つしかない命を散らしていった多くの魂が眠っている。彼らの魂は、今何を想うのか?後悔だけはして欲しくないものだ。と古川は独り想いを巡らせた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹