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尖閣~防人の末裔たち

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「仕向ける?なるほど裏工作というわけか、さすがだな田原君。もし、経費が掛かるのであれば遠慮なく言ってくれ。これからもその調子でよろしく頼む」
と、労いの言葉を掛けた。
田原は、部下を信頼し、任せた仕事は完全に委任して後からサポートしてくれる河田の仕事の仕方を昔から尊敬していた。世間では「権限委譲」と呼ばれ、組織の成長に有効とされるこの手法は、上位下達が美徳とされる自衛隊のような軍隊を基本とした組織では珍しいことだった。海上自衛隊を定年で退官し、親類の会社で経営幹部として働くことになった時、田原はビジネス書を読み漁りリーダーシップについて学んだ。その中でこの「権限委譲」という言葉を学んだ。その時、田原の脳裏に真っ先に浮かんだリーダー像が河田だった。こうして再び河田の下で仕事が出来る喜びを田原はあらためて噛みしめていた。


巡視船「ざおう」は、佐世保港を出港して2日目の夕方を迎え、陽が傾き暑さが次第に和らいできた洋上を尖閣諸島へ向けて航行していた。
 美由紀とのことについて浜田からアドバイスを貰った後の昇護は、美由紀からのメールや電話を気にしないようにしようと心に決めたが、結局は出港した後も携帯電話が圏内の間は気になってしまい何度も着信を確認してしまった。
 アンテナ表示が「圏外」から動かなくなったのを見届けると、昇護は、慈しむように両手で持った携帯電話の電源ボタンを溜息をつきながら長押しにして携帯電話の電源を切った。
ー結局、美由紀からは何の連絡も無かった。
昇護は、少しの間落胆していたが、浜田の言葉と、仲間からの昇護への期待と信頼の大切さを思い出し、職務に専念することにした。いや、何かに夢中にならないと踏ん切りがつかないことに自分でも気付いたからこそ、なおさら自分を奮い立たせれる使命が必要だと。。。昇護は思った。
 日本国民の命を守る。遠く離れた美由紀には直接関係ないかもしれないが、日本国民の命を守ることが結果として国の平和と安全を守る。幸せだと感じている人も不幸だと感じている人も、そもそも国というものに興味のない人も含めて沢山の人々の生活を守ることになるのだ。それは、愛する美由紀と間接的には関係するのだ。たとえ美由紀と結ばれることが無かったとしても。。。それが俺の使命だ。
昇護はそう自分に言い聞かせた。昨日までとは違う自分、いや、これが本来の自分-海保を志した頃の自分の想い-なのだ。そうしたことで、
-最近の俺は何に気を揉んでいたのだろう。-
不思議とに客観的に考えることが出来るようになっていた。
 通常の勤務を終え夕方の休憩時間に入って間もなく、航空隊員詰所のインターホンが鳴った。雑談をしていた昇護達は水を打ったように静かになると共に最年少の昇護がすぐに受話器を取った。
相手の声を聞いた昇護は急にかしこまり、ひと言ふた言受け答えをすると、昇護は送話口を手のひらで塞いで、相手に会話を聞かれないようにして機長の浜田の方を向く
「浜田さん、船長からです。なんかいつもと違う雰囲気です。何かしでかしたんですか?」
昇護の顔は笑っていなかった。
浜田は、えっ?という表情を浮かべると
「んな訳ねぇだろ。脅かすなよ。」
すぐに笑顔に切り替えて昇護から受話器を受け取る。
「お待たせしました。浜田です。」
周りのクルーの不安を払拭するかのように元気良く受話器に声を吹き込んだ。
「はい、えっ、そうなんですか。」
浜田の言動に注目していたクルーは、急に深刻そうに沈んだ浜田の声にお互い顔を見合わせあった。
「分かりました。すぐに伺います。失礼します。」
浜田は受話器を持ったまま軽く会釈をすると受話器を丁寧に戻した。
クルーの間にざわめきが起こったが、クルーの方を向き直った浜田の緊張した表情を目にして一瞬で静まり返った。浜田の緊張がクルーに伝播する。
「おい、みんな聞いてくれ。明朝出動することになった。今から船長室で打合せを行うのでみんな来てくれ。おい、昇護、チャート(航空地図)を持ってきてくれ。」
浜田は、キビキビとクルーに話すと大振りの手帳を手にとった。
「ハイっ」
クルーはキビキビと返事を返すと、思い思いに筆記用具や資料を手に、浜田に続いて船長室へ向かった。

船長室の扉をノックすると、中から、
「入れ」
と高めの良く通る声が聞こえてきた。
「失礼します。」
と口々に頭を下げながら浜田を先頭に船長室に並んで入った。
「おっ、来たな。急に呼び出してすまん。さ、掛けてくれ」
中肉中背の部類だが、がっちりした体形で部屋の中央に仁王立ちしているように見える巡視船「ざおう」船長の近藤道夫 三等海上保安監は、自分の執務机の前の白い布が掛けられた6人掛けのテーブルを昇護達に勧め、自分も中央に座った。
全員が着席すると、近藤は豊かな白髪に覆われた頭を右手で掻くと、左手に持っていた地図をテーブルに広げた。
「急遽集まって頂き、ありがとう。実は、先ほど石垣の海上保安部から連絡があった。例の漁船団、俗に言う「河田艦隊」が出港準備を進めているらしい。明日早朝に出港するのではないか、と向こうではみている。」
一同顔を見合わせる。で、どうしろというのだろう?といった半信半疑な表情だった。
「我々は、まだ尖閣まで約700kmもある。このままでは、君達の「うみばと」は間に合わない。そこで、明朝4時に「うみばと」を離船させ、ひと足先に尖閣へ向かってもらう。」
近藤は、そう言いながら現在の船の位置を地図上に赤いマーカーで記入すると、左手の太い人差し指で尖閣まで地図をなぞって見せた。
一瞬小さなどよめきが起こる。
「船長、燃料はどこで補給を行えばよろしいですか?我々の試算では、行動半径は134海里(約250km)と見ていますから、片道だと倍の268海里(約500km)なら問題ないのですが、」
浜田は、昇護から渡されたチャート(航空地図)を、近藤の地図の隣に並べると、コンパスを取り出すと足とペンの間隔を地図の縮尺で500kmに開くと尖閣諸島の魚釣島を中心とした円をチャートに描いた。
「事前に検討しているとはさすがだな。268海里(約500km)か、それなら大丈夫だ。当船は、これまで15ノット(28km/h)で航行していたが、これから18ノット(33km/h)に速度を上げる。そうすれば君達が出発する明朝4時には尖閣まで162海里(約300km)までに距離を縮めることができる。」
近藤は、満足そうに頷くと、「うみばと」のクルーの1人ひとり目を配りながら、地図上に、明朝4時の「ざおう」の予定位置を×印で記入した。
 クルーが呆気に取られて浜田を見つめる。命令とあらば多少の危険を押しても飛ばねばならない。人命救助ならともかく、ただ単に移動のためだけで洋上で燃料切れのリスクを冒す気にはなれない。そもそも何らかの原因で「ざおう」の尖閣への移動が遅れたら海の藻屑と消える。一巻の終わりだ。
「そうすると、片道で行くことは出来ますが、我々の飛行中に「ざおう」が尖閣に近づいた分を考慮しても。。。燃料が持たないですね。」
即座に浜田が答えた。その声に浜田が努めて落ち着いて話していることに昇護は気付いた。冷静にならなければならない。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹