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尖閣~防人の末裔たち

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 JRでは、津波と原発事故の影響で深刻なダメージを受けながらも、唯一復旧が可能だった原ノ町駅~相馬駅間だけでも列車を走らせていたのだった。線路が分断されたこの区間で運転を再開するためにトラックで陸路電車を運び込んだという話をニュースで見た時に目頭が熱くなったのを昇護は思いだした。改めて時刻表で見ると「原ノ町駅~相馬駅間」は、原ノ町、鹿島、日立木、相馬の4駅、距離にしてたったの20.1kmだった。たったの20.1kmされど、である。その20.1kmの沿線の人々は完全ではないかもしれないが、普通の生活を送れているのだろう。そうであって欲しい。と祈らずにはいられなくなった。いろいろな業種の人々が復興に向けて頑張ってきたんだな。あの時は本当に様々な人達が頑張った。俺たちも。。。津波で海に流された人々、流された船舶や陸上で孤立した人々を海上保安庁でも震災直後から総力をあげて捜索・救助にあたった。仙台基地が水没したため、多くの航空機が被害に遭い、初動が遅れる中、かろうじて難を免れた巡視船「ざおう」を基地にしていた昇護達「うみばと」のヘリコプタークルーは、早い時期から救助活動に当たることができた。「うみばと」を含む海上保安庁のベル212ヘリコプターは、機体側面の大きなスライドドア上側に機体から張り出させた形でホイストと呼ばれる吊り上げ機を装備している。このホイストを使用して、「うみばと」は助けを求める人々を次々と救助した。救助したときに喜びは例えようもなく使命感と遣り甲斐を天井知らずの勢いで高めてくれた。ある親子を救出した際には「良かったですね」と互いに声を掛け合い感動の涙さえ流した。それから5日ほどが過ぎた頃だっただろうか、石垣島を拠点とする第11海上管区保安部に属する巡視船「はてるま」も巡視船「ざおう」に合流して活動を始めた。「はてるま」型巡視船は、船体こそ「ざおうに」及ばず大型巡視船としては小ぶりな部類ではあるが、そのぶん速力が30ノットと高速なだけでなく、ヘリコプター用の格納庫は無いもののヘリコプター離着陸用の飛行甲板と補給設備をもっているため、ヘリコプターの活動拠点としても充分に使用できるものだった。「うみばと」は、当初「はてるま」を始めとするヘリコプター飛行甲板をもった様々な管区の巡視船に降り立ち、運んできてくれた支援物資を被災地の各避難所に配布することを繰り返した。この輸送任務が終わると、「うみばと」は行方不明者の捜索に加わった。巡視船「ざおう」や「はてるま」の潜水士を乗せて沿岸部を中心に連日それこそシラミ潰しに捜索した。連続する任務と緊張感、春先とはいえ冷たく厳しい東北の海に潜水士達の疲労は極限に達していたが、疲労だけでは表せない顔色の優れないものも出てきた。彼らは孤独な海中で、あまりにも多くの死と向き合っていたのだった。そんな彼らをホイストで引き上げるごとに掛けてやる言葉も思いつかず「うみばと」のクルーも疲労と合わせて使命感だけが頼みの綱になっていた。助けられなかった命との直面の数だけ遣り甲斐は天井にぶつかっていった。そんな中で、潜水士や昇護達ヘリクルーの変化を敏感に感じ取り、計画的な休養を取れるよう各船と調整に奔走し、貴重な水を大量に使うため、他の船で使うのはためらってしまう入浴についても潜水士とヘリクルーに優先的に使わせる旨徹底してくれるなど手厚く扱ってくれたのが、兼子という「はてるま」の船長だった。長身で痩身、時おり見せる破顔の笑顔は、裏表の無さそうなその正直な人柄を体現し、豪快な声と大胆な行動はムードメーカーとして船長という枠を自ら取り払おうとしているようにも見える。誰にでも気兼ねなく声を掛けて歩くその姿は、船長というよりは少人数を率いる隊長のような人物だった。あの状況の中で自分達の恩人とも言える兼子の表情がふと頭に浮かぶ、ああいう人が船長をしている船で働いてみたいな、と兼子は思った。
時刻表をバックに仕舞って、周囲を見渡すと、日が沈みゆっくりと闇が広がっていくところだった。昇護を乗せた列車は、内原を出て、ここ数年の間に新しくできた巨大な商業施設イオモール内原の右手を抜けて加速を続けていた。そういえば、まだ行ったことはないがどんなふうなんだろう。帰省時の買い物はついつい土浦市内や、つくば市で足りてしまうからこっちの方へは滅多にこないな、などと思いを巡らせなているうちに、あっという間に外の景色はここが関東平野の米蔵であることを誇張するかのような一面の広々とした田園地帯となっていた。遠くには重ね合わせた2つの三角形を左右に少しずらしたかのように2つの頂のある筑波山が見える。そして、まだ闇に飲まれることを拒むかのような水田の明るい緑の絨毯が、故郷に夏がきていることを空調の聞いた車内に居る昇護に語りかけているかのようだった。
 この田園風景は昔と変わらないな。。。と視線を車内に戻した昇護の目に、天井から吊るされた中吊り広告の「海保」という文字に目が止まった。それは週刊紙の広告だった。記載記事と小さな写真が目を引くような大きさと字体のトピックの下に並ぶ。
-海保、領土と人命どっちが大事?~緊迫の尖閣沖、巡視船長の警告~-
と思わず口に出して読みそうになった昇護は意識して口を堅く結んだ。当事者の巡視船は石垣島の第11管区海上保安部。「はてるま」を中心とした3隻の巡視船だということは、昇護も噂に聞いていた。「はてるま」の船長は、まだ兼子さんのままだろう。その見出しの上に小さく切り抜かれたような巡視船と漁船、海監が並走するモノクロ写真に当時盛んにテレビで流れていたニュース映像が頭の中を駆け巡る。入り乱れる巡視船と漁船の間に割り込もうとする中国の海洋監視船。。。漁船を退避させなければ、大惨事になるかもしれない。。。そのような待ったなしの苦しい状況でとられた決断だったのだ。兼子のあの破顔の笑顔が昇護の頭の中で交錯する。。。海上保安庁の関連する記者会見の中でもこの対応・発言に問題は無かった。って言ってるじゃないか!なのにマスコミはまだ掘り返すのかっ!いったいマスコミは我々にどうして欲しいんだっ?昇護は拳を握り締め膝の上に置いた。
 その隣のトピックもまた鮮烈に昇護の目に飛び込んできた。
-尖閣を守れずして、日本を守れず~元海上幕僚長が防衛問題にメス~
 何度かテレビで見たことのある豊かな白髪を蓄えた老人の小さな写真が上に記載されていた。
海自で何も出来なかった男が、今更何様のつもりだ?お前らがきちんと防衛に対する体制を整えてこなかったから今も何も出来ないんじゃないのか?漁船まで繰り出して俺達海保を煽って、世の中を騒がせて無責任にもほどがある。
 昇護は、列車が停車し、ドアの開く際の電子的なチャイムの音に我に返った。いつの間にか中吊り広告の中の小さな顔写真を睨み付けていた自分に溜息をついた。自分でも分かるくらい鼓動が高まっていた。列車は、いつの間にか石岡駅についていた。ホームの大きな獅子頭が目に入った。あ~、もうそろそろお祭りか。懐かしいな。と昇護は意識的に尖閣から思考を切り替えるように思い出していた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹