尖閣~防人の末裔たち
護衛艦「あさゆき」のCICをそのままハッキングして表示しているだけだと思っていたこのタブレットのソフトは、ハッキングで入手したCICのデータに加工をして、河田水産が所有する各船の情報を追加しているということなのではないか?
ということは、河田の船を石垣の港で「拝借」した古川達の「しまかぜ」の位置は魚釣島にいる河田はおろか、これから接触しようとしている「おおよど」にも筒抜けということだろう。彼らもこれと同じ画面を見ている。
だとすれば、我々が追跡しているのを知っていて逃げない「おおよど」は、やはり護衛艦「あさゆき」に張り付いている理由がある。ということだな。つまり護衛艦「あさゆき」のCICのハッキングを行い、さらに電波妨害をしているのは、「おおよど」ということになる。
逃げる訳にはいかない。ということは、妨害しようとする我々を撃退する準備を整えているのだろう。
古川の脳裏にキャビンで見つけた2丁のM-16A1自動小銃が浮かんだ。
あれをメンテしておくか。。。
それにしても、CICのデータをハッキングするだけでもすごいのに、リアルタイムで加工データを反映するとは。。。相当なエンジニアがいるな。権田さんが言うとおり、CICの技術情報は相当河田に流れたらしい。というか、そういう人間を取り込んでいるのだろう。それだけじゃない。ソフトウェアを作り込めるかなりの腕のエンジニアがいるに違いない。だとしたら、、、
他にも昨日があるんじゃないか?このソフト。。。
古川はタブレットに備えられた数少ないボタンの中から、ボリュームと電源以外に唯一割り当てられていないボタンを押した。多分、このキーが設定関係のメニューに違いない。。。
出た出た、新たに画面の2割程度の小さなウィンドーが開き、解像度、レンジ、対空、対艦など、通常のパソコンソフトではお目に掛からないような言葉が並ぶ。
まるでシミュレーションゲームだな、
古川は誰に言う出もなく呟きを漏らす。
ん、なんだ?
古川の指が「反映」という項目で止まる。
反映って、おい。映し込むってことだよな。。。
古川が、そこを指でタップすると、さらに「反映中」と「反映データ編集」の項目が現れた。
何だ?反映データ?何に反映させるんだ?
古川の指がそこでこわばるように止まり、脳の指令を待っている。
古川は、「反映中」という項目をゆっくりとタップした。
すると、2、3秒砂時計が回転すると、黒地の画面に戻った。
なんだ。同じ画面じゃね~か。ビックリしたぜ。さっさとライフル(M-16)の手入れをしなきゃな。
古川は自分自信にツッコミを入れ、タブレットの電源スイッチに指を伸ばした。
あれ?
今度こそ古川は驚きに指を止めた。中央を示していた護衛艦「あさゆき」につきまとっていた河田水産の漁船「おおよど」の輝点はなく、さらにその「おおよど」を追う「しまかぜ」の輝点もなかった。
尖閣は?
古川の呟きが怒鳴り声に変わり、舵輪を握る倉田が振り返った。
「どうしたんですか?」
倉田の声に反応を示さず、というよりその声すら聞こえていない古川は画面上を、縦に横に目を走らせる。
そういうことか。。。
古川は怒りのあまり船べりを平手で叩いた。
魚釣島の周辺にいたはずの河田水産の漁船も消えている。しかも中国艦隊は、魚釣島の領海まであと少しという地点まで近づいていることになっている。
大変だ。。。
「倉田さん、ちょっと!」
張り上げた古川の声が半分裏返る。
振り返る倉田の傍らに駆け寄った古川は、間髪入れず倉田の眼前にタブレットを差し出す。
「これ、大変なことになっています。見てください。」
心なしか古川の呼吸は粗い。走り寄ったせいではない。デッキのような数歩の距離で息が上がるほど衰えちゃあいない。
「どうしましたか?
なんだこれは?ないじゃないですか我々の船も、妨害している船も。。。まさか?」
さすがは現役、ひと目で異変に気付いた倉田に古川が言葉を続ける。
「これが護衛艦「あさゆき」のCICに表示されているとしたら。。。」
その肩に軽く衝撃が走る。
「どうしたんだ古川?」
振り返ると権田がタブレットを覗き込んでいた。上司との電話は終わったらしい。
「これ、変なんですよ。見てください。河田水産の船が全く映っていない。それに、こっち、「Ooyodo」に「Shimakaze」河田水産の船の名前までCICの画面に映っているのは不自然です。我々の行動は、この画面で筒抜けです。それでも護衛艦から離れない「Ooyodo」は、全力で我々を撃退しようとするでしょう。」
ちょっとした変化からあらゆる可能性を考える。成長したな。フリーでやるということはそういうことなのかもしれないな。
画面を切り替えながらその違いをまくし立てるように話す古川に権田は圧倒された。後輩が圧倒的に見えるというのは嬉しいような寂しいような複雑な気分だ。
「これが、「あさゆき」のCICに表示されているとしたら。。。大変なことになるぞ。」
操船する倉田がタブレットをチラ見しながら口にした言葉に古川は戦慄を覚えた。
「大変なこと?」
思わずオウム返しに聞き直してしまう。
「そうです。CICの画面を自由にいじれるということは、あらゆるシチュエーションを護衛艦に与えることができる。ということです。しかも「あさゆき」は強力な電波妨害で通信ができない状況です。それが何を意味するか。。。」
まだよく分からない。古川が固唾を飲む。それなりに察しがいいと思っていた2人のジャーナリストの沈黙が倉田に先を促す。
「CICは、無線封鎖中の暗号通信の手段として、文字データによる通信が可能になっているんです。簡単に言えば、チャットみたいなもんです。」
そんな機能があったとは古川も権田も知らなかった。
「ほら、おいでなすった。」
倉田の指先を文字がいそいそと流れる。
-こちら護衛艦隊司令部。中国艦隊が行動を開始した模様。「あさゆき」は、巡視船隊の迎撃に呼応し、警戒を厳にせよ。-
「なんてこった。。。護衛艦隊司令部って、もう自衛隊は動き出してるんですか?」
権田が拳を握りしめる。
「いや、こんなに即応できる筈はありません。だったら、普段現場で我々が歯ぎしりすることもない。。。これは、河田さんが出しています。いきなり護衛艦隊司令部からというのは、冷静に考えればこの状況はそこまで逼迫していない。だが、現場は信じるでしょう。巡視船の動きを見てください。」
倉田の新たに示した指の先には、隊形を整え直して中国艦隊に向かっていく巡視船が見える。慌てて古川が画面を切り替え、河田水産の船が映る画面を表示すると、実際の巡視船隊は、バラバラに魚釣島の沖合に停泊しているのが分かる。
「なんてことを。。。護衛艦に知らせなきゃ。。。」
古川が唇を噛みしめる。
「大丈夫ですよ。と言いたいところですが、無理ですね。妨害電波により通信は不能。そして梅沢は、あ、護衛艦「あさゆき」の艦長ですが。。。あいつは、任務を忠実にこなす男ですから、命令は必ず実行する。何かを守るためならなおさらです。」
苦渋の色を浮かべる倉田の声には歯切れが無い。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹