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尖閣~防人の末裔たち

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 昇護は枕元をまさぐってテレビのリモコンを掴むと電源ボタンを押した。液晶のテレビはすぐには映像を出すことはできない。そのもどかしさにも慣れた昇護は、電源状態を示すLEDがスタンバイの赤からオンを示す青に変化するのを確認してリモコンを下げた。
 ワンテンポ遅れてコントラストの強さでなんでも鮮やかに見える映像を映したテレビに昇護は目を見開いた。
 そこには、見慣れた海上保安庁のベル212のエンジン部分が画面いっぱいに映し出されていた。マニアでもなければ一瞬何が映ったのかも分からないだろうが、昇護は違う、このヘリコプターに少年の頃から憧れて今の自分がある。見て分からない筈がなかった。しかし、その見慣れた筈のエンジンカバーには、見たこともない状態になっていた。数個の小さな穴が開き、一部で薄い外板がめくれている、さらに黒く煤(すす)けて見えるのは気のせいだろうか。。。
 映像が変わって、徐々にヘリコプターの全体を映すようにカメラが引いていった。どうやらそのヘリコプターは、平坦だが岩肌のような場所に降りているようだった、背後には同じく岩肌がちな山があるようだ。
 多分どこかの島だろうが、どこに降りてるんだ?故障?いや故障で穴が開くのは変じゃないか?
 昇護が記憶を巡らせる間もなく、映像が変わって、カメラは機体の先頭を拡大して映し、そこから舐めるように後ろへと動き始めた時、昇護は心の底から体の隅々まで凍り付くような悪寒を感じ、呼吸も乱れた。
 映された機首には「うみばと」と書かれている機体には、人の気配はない。何年もそこに置いてあったかのように色がくすんで見える。
 みんなは?
 昇護は、呼吸を落ち着けるために深く息を吸おうとしたが、幼いときにしゃくりあげて大泣きしたときのようにうまくいかない。
 いつの間にか映像が変わり、ビニールシートの上にあぐらをかいて座る男たちの後ろ姿が映し出されていた。彼らは、後ろ手に縛られ、さらに隣の人間とロープで繋がれていた。手前で座らされている男たちは背中に「海上保安庁」と書かれたジャケットを着ていた。特警隊の隊員であることがひと目で分かる。そして、迷彩服を着込んで顔まで迷彩色で塗りたくった数名の男が彼らを見下すように立っている。迷彩の男たちは、細長いライフルを肩から下げていた。
 あれは、あの銃は、なんて言うんだっけ、、、よくベトナム戦争の映画でアメリカ軍が使っていたヤツだ。。。
 昇護は、現実感のない映像につい、映画のワンシーンを重ねてしまう。しかし、その漠然とした雰囲気は、同じように縛られたオレンジ色パイロットスーツが視界に入ったことで一気にかき消された。
「浜田さん、みんなっ!」
 前方に回り込んだカメラに映る海保職員の顔にはモザイクが掛けられていたが、昇護にとっては間違える筈もないくらい馴染んだ男たちを回り込んだカメラが正面から捉えていた。
「なんてことを。。。」
 映像のあまりの理不尽さに、しゃくりあげるのも忘れていた昇護は、こみ上げてきた怒りに唇を噛みしめて、拳を強く握った。
-ご覧頂きました映像は、先ほど大手動画投稿サイトに投稿されたものです。投稿者は、元海上幕僚長で、尖閣諸島での活動を続けてきた「目覚めよ日本」の代表の河田 勇氏です。
 映像からも分かります通り、河田氏らのグループは、自動小銃などで武装して尖閣諸島の魚釣島に上陸しました。さらに銃刀法違反の疑いで捜査のために上陸しようとした海上保安庁所属のヘリコプターを銃撃して乗員を人質に取っています。
 海上保安庁の発表によりますと、武装した河田氏等は、昨夜から明け方に掛けて魚釣島に上陸し、建造物を構築して立てこもっているとのことで、捜査のために派遣したヘリコプターの乗員4名と同乗していた特別警備隊5名の計9名が、捕らわれているとのことです。
 なお、河田氏率いる「目覚めよ日本」の母体である河田水産の石垣島事務所を銃刀法違反の疑いで捜査したところ、多数の銃器と、男性1名の遺体が発見されたとのことです。-
「くそっ、またあいつらか。。。何でそこまでする。。。」
 撃たれた傷が怒りでうずくように痛んだ。
 視界の隅に華やかな色を感じ取った昇護が、痛みで引きつったままの顔を向けると、昼食のトレーを持った美由紀がドアの前に立っていた。心配そうな目が昇護を見ていた。
「今日は、昇護の好きな唐揚げが入ってるわよ。普通の料理が出るってことは、お腹は大丈夫だったのね。」
 今入ってきたばかりということをアピールするかのように明るく言いながら美由紀が笑顔を浮かべる。
「あ、ああ。腹を撃たれた時は死ぬかと思ったけど、内臓に損傷は無かったんだ。」
 昇護は、作り笑いだと受け取られても構うかと言わんばかりに、おどけた笑顔を見せた。どのみち美由紀に誤魔化しはきかない。
「・・・死ぬだなんて。。。」
 急にトーンを落とした美由紀の声が腹に重く響くようだった。
「ゴメン。。。心配掛けたけど、大丈夫だよ。。。」
 昇護は、努めて明るい声を出したつもりだったが、蚊の鳴くような声になってしまっていた。
 ベッドの柵を足にして準備してあった簡易テーブルにトレーを載せた美由紀がテレビの字幕に釘付けになっている。
-海上保安官9名が人質に-
「自分は大丈夫。」無機質に事実だけを示すゴシック調の文字が、昇護の言葉を否定していた。
「大丈夫。あなたが選んだ道についていくって、、、あたし決めたの。。。
でも約束して。どんな状況になっても、最後の最後まで、、、生きる事をあきらめないで、、、
必ずあたしのところへ戻って来るって最後まで念じ続けて、、、あなたに何が起こっても、、、それを信じてあたしは生きて行くから。。。」
 涙と弱々しい嗚咽で途切れ途切れになりながらも語られる美由紀の信念に、昇護の中から愛おしさと感謝の気持ちが溢れだす。
 俺は頑張れる。この国の人達と、そして美由紀と未来のために。。。
 肩に抱きついて嗚咽を続ける美由紀の髪に手を伸ばし、優しく撫でると目から涙が流れ出た。
「ありがとう、俺はどんな時もあきらめない。必ず美由紀の元に帰ることだけを考える。約束する。」
 美由紀は昇護の肩に顔を埋めたまま頷くと、子供のように声を上げて泣き出した。
 
 離れていた分だけ募り、やり場もなく疼き続けていた想いをぶつけ合い、そして融合させる2人に気付かれないままに、テレビの画面は、いつの間にか雰囲気が代わり、ダークスーツに赤いネクタイをして、黒く豊かな髪を七三にきちんと分けて固めた中年男性のアナウンサーが、まくし立てるような早口で喋っている。バックには尖閣諸島らしき写真と中国国旗が映る。
-尖閣諸島の魚釣島に上陸した日本の武装勢力について、日本政府は自衛隊との繋がりを否定しているが、日本国旗を掲げた武装勢力は、我が国にとって、日本からの侵略者であることには変わりない-
 日本語の字幕が中国の理論を代弁しているようで腹立たしいが、翻訳ですら偽らないのが、あの国とは違うところだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹