尖閣~防人の末裔たち
古川が地図を広げると、一同の目が船着場に向かう赤の矢印に集中した。
「これは、、、上陸するということじゃないですか?」
倉田が小声で言う。倉田の苦虫を噛みつぶしたような渋い表情が、軍事専門家として深刻な状況だということを周囲に物語っていた。
「まさか、、、上陸まではしないんじゃないですか?」
権田が慎重に言葉を返す。
「いや、これを見て下さい。」
倉田が陸地の部分を指でさすって見せる。そこには、消しゴムで消した跡があった。
「あっ、上陸した後の行動を検討していた。ということですか?」
権田がしてやられたような素っ頓狂な声をだす。
「多分そうです。それにこれ、各矢印に添えられた文字、各チームのリーダーの名前と人数です。ざっと各10名ずつはいます。
船でこの矢印を進のは困難ですから、ゴムボートを使うでしょうね。10名もの人間が乗ったままで島の回りを遊弋する意味はありません。窮屈なだけで、最悪転覆などのリスクも伴う。まっすぐ陸へ上がる。と私は見ます。古川さんの言うとおり、それぞれが武器を持っていると思った方がいい。」
「なぜ、そんなことを。。。」
首を傾げた権田が顎髭をさすりながら呻く。髭が伸びてきたらしくジョリジョリと耳障りな音をばらまく。
あ、始まったな。。。
古川は内心微笑んだ。権田が何かを考えているときの癖は昔から変わっていないらしい。
「それは分かりませんね。古川さんは思い当たる節はないですか?」
権田の顎をチラリと見た倉田が忌々しげに古川に話を振る。
「私にも分かりません。そもそも、今回の尖閣行きすら知らなかったんですから。ただ、前回もそうですが、あの人は、わざと中国を煽って日本政府の無策を赤裸々にして対応を迫るような状況にする。。。もっと言うと、日本政府に試練を与えている。フシがあるように思います。そういう意味からすると、武器を持って何をするかは分かりませんが、また中国を煽るのではないかと思います。」
「なるほど、ということは動きが出てこないと分かりませんね。明日が勝負ですね。」
倉田は深く頷いてから地図に目を落とす。そして思いついたように古川に顔を向けた。
「そうだ、海図もあったと仰いましたね。見せていただけますか?」
古川は、失礼します。といって倉田の手の載っていた地図の下から海図を取り出した。
「はい。これです。この黒い船の印、何だか分かりますか?」
倉田に見せるなり、古川は、尖閣諸島と石垣島の丁度真ん中あたりにある鉛筆で塗りつぶされた2つの船型の印を指差して先ほどの疑問を投げかけた。
「これは。。。」
息を止めたように呟くと、瞬時に倉田の表情が陰り、眉間に皺が寄った。
「これは、護衛艦です。私が乗っていた「いそゆき」と僚艦「あさゆき」。我々は佐世保を出た後、この辺りで警戒をしているんです。やはり筒抜けでしたか。身内が絡んでいるとは思いたくないが。。。」
倉田は苦笑したが、目は笑っていなかった。
「近くにあるこの赤い船は何ですかね?」
苦笑を止めた倉田が赤鉛筆の印を指でつつく。
「これですか?赤鉛筆で描いているところを見ると、河田さんサイドの船だと思います。さっきの地図にも赤鉛筆で描いてありましたから。
それにしても、たった1隻で何をする気なんでしょうね。。。」
「確かに。。。どうするつもりなんでしょうね。」
しばし沈黙の時間が流れ、再び権田の髭をさする音が目立ち始めたとき、倉田がそれを打ち消すように声を出した。
「ここに向かいましょう。護衛艦の方に。」
「えっ、魚釣島じゃないんですか?」
髭をさするのを止めた権田が聞き返す。
「魚釣島の方は、目的は分かりませんが、やろうとしていることは分かります。魚釣島は近付いただけでも目立ちます。ましてや、彼らは上陸するんです。それは夜明けと共に公が知ることになる。海保や警察、あるいは法的には出番がないとは思いますが自衛隊が、黙っていても対処せざるを得ない。
しかし、護衛艦に向かっている方の船は、何をするかも分かっていない。危険です。。。しかも我々以外誰もこの状況を知らない。魚釣島は国に任せて我々は、護衛艦の方に向かいましょう。」
そうですね。と権田が頷き、倉田が同意を求める目を古川に向ける。
「私も賛成です。我々以外にこの海域での動きを把握できる者はいない。。。それに行動が不明確な方にこそ、真の目的がありそうな気がしますから。」
それを聞いた倉田の顔に明るさが蘇る。
やはり、元々は自分の艦、元部下達のことも気になるんだろう。
古川は、独り解釈すると、いきましょう。と深く頷いて見せた。
「じゃ、決まりですね。護衛艦があの海域に達するのは、明日、もとい今日の10時頃です。ここからなら朝食を食べてからのんびり向かっても間に合いますので、今のうちに交代で仮眠をとりましょう。」
倉田が微笑みながら提案した。
「そうしましょう」
倉田の笑顔に、古川にも、権田にも笑顔が戻る。
さすがは艦長。その行動と思考に人のマネジメントが自然に含まれているあたりが違うな。
古川は倉田が行動を共にしてくれたことの幸運を、誰にともなく心の中で感謝した。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹