尖閣~防人の末裔たち
「やめてっ!」
いてもたっても居られず、悦子は叫んでいた。いつの間にか目から涙が流れ、体が汗ばんでいた。
その声に田原は、笑顔を向ける。憐れむように悲しい目をして、、、
そして田原が視線を権田に戻した瞬間、悦子は堪らず目を強く閉じた。本当は耳も塞ぎたかったが、何故か気が咎めた。
次の瞬間、今までに聞いたこともないような乾いた金属音が部屋に響き、悦子は恐る恐る目を開けた。その目が、大きく見開いた権田の目と合う。
「だから、素人には意味がない。と言ったんです。権田さん、そもそもあなたは私に向けた銃に弾が入っているか確認をしなかった。そしてスライドを引いて、薬室いわゆるチャンバーという奴ですが、そこに弾を送り込むこともしていない。タイムラグを少なくするためにハンマーを起こすこともしていない。ま、この銃はダブルアクションですから、トリガー、引き金のことですが、これを引けば、ハンマーも連動して動きますがね。そんな素振りも見せなかった。。。
そして極め付けがこれです。弾があれば私がスライドを引いた時にチャンバーに送られる弾丸がスライドの中に見える見える筈なんですが、それを目で追うこともしない。そして最も重大なのは、私があなたの眉間を撃ち抜いたら後ろであなたを押さえ付けている松土はどうなります?
素人が格好をつけるもんじゃありません。それに。。。立場を考えなさい。」
口調は冷静だが唇は怒りに震えているように見えた。
その直後、鈍い音がして権田が松土から腕を放たれた権田が呻き声と共に床に転がった。権田の延髄を蹴り飛ばした田原が
「頭を冷やせ!」
と権田に静かな罵声を浴びせ、松土に向かって権田を顎でしゃくると
「縛っておけ」
と言い放ち、部屋を出て行った。扉を閉める音にも冷静だと思っていた田原の怒りを感じ、悦子は身を縮めた。
「権田さん。。。」
呟くように、権田に声を掛けると、うつ伏せにされて体を縛られている最中の権田は呻き声と共に、悦子に視線を向けた。大丈夫、意識はある。悦子は少し安心したのも束の間、自分の身はどうなるのだろう?と、思った。権田が縛られていて、自分はパイプ椅子に座ったまま、というだけじゃ、済まされる筈がない。。。強烈な不安が悦子の頭を専有し、机に目を落として頭を抱え込んだ。このまま走って逃げるか?すぐに捕まり権田のように殴られるのが関の山だ。しかしこのまま松土とこの部屋にいて無事でいられるという保証はない。どうすれば。。。その時、ドアのカギを掛ける音に顔を上げると、いつの間にかこの会議室の扉に鍵を掛けた松土がゆっくりと悦子に近付いてきた。ここへ連れてこられる車の中でルームミラー越しに寄こしてきたあの笑みを浮かべながら。。。悦子の脳裏に、車を降りた時に漁船に荷物を積み込んでいた男達が自分に向けてきた視線の感覚が蘇る。。。
悦子は、弾かれたバネのように立ち上がると、
「来ないでっ!」
と叫びながら、自分が座っていたパイプ椅子を松土に投げ付けると、机の反対側へ駆けた。悦子の渾身の力を受けた筈のパイプ椅子は、松土の手前で空しく音を立てて転がった。
「ヤメロ。。。」
権田の呻くような声が冷えきった薄暗い会議室に響いた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹