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尖閣~防人の末裔たち

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悦子が声を潜めて権田に聞くと窓の外の漁船を眺めていた権田はゆっくりと悦子の方に顔を向ける。心なしか目が潤んでいるように見える。
「いや、病院へは行かない。」
 膝の上に大事そうに置いていた紙袋に右手を差し入れた権田がゆっくりと引き抜いた手には、黒い塊が握られていた。悦子にはその塊が何なのかすぐには分からなかったが、横腹にそれを突きつけられて初めてそれが拳銃であることに気付いた。そういえば、兄が中学生の時に持っていたっけ、もちろんあれはエアーガンだったけど。。。形はそっくりだ。
「ゴメン。言うとおりにしてくれ。。。」
権田が声を落とす。
「うっ!?」
横腹に拳銃の硬い先端を押しつけられ、痛みとも屈辱とも取れる呻きを発して顔を上げると、ルームミラー越しに運転席の男と目が合った。
 男は目があったのを気にするでもなく不敵な笑みを目尻に浮かべると視線を逸らした。

 佐世保地方総監部での取材を終えるた古川は、駅までのんびり歩いてみることにしたので、駅に着いた時には、お昼時を少し過ぎたところで、駅前の喫茶店は、客の波が引ける所だった。冷房の効いた店内のおかげで、歩いている間に拭いても拭いても吹き出てきた汗が、一気に冷やされて心地よさを感じる。古川は、わざと汗を拭かずに、冷やされるがままにしていた。適当に窓際の席に座ると、透明のプラスチックのスタンドに挟まれた小綺麗なメニューを見る。
 あった!
 古川は思わず大声を上げそうになった。とにかく今日の記事を書きたいと思って喫茶店での昼食を選んだ古川は、帽子にSASEBOと水色の文字で書かれた水兵のような格好をしたハンバーガー顔のキャラクターが「佐世保バーガー認定店」という文字と、店名を書いた看板を持ったプレートを店先に掲げている喫茶店を見つけた。
「おおっ、こんなとこにも佐世保バーガーボーイじゃん!」
 思わず声に出してしまった。諦めかけていた佐世保バーガーが、こんな喫茶店にもあることに嬉しさを隠せなかった。いい歳をした男が店先で嬉々とはしゃいでは見苦しい。古川は、チラッと周囲を見回したが、そんな中年男に目を向けるものなど誰もいなかった。
 ま、そうだよな。
 心の中で呟くと、古川は、小振りな扉を開けて店に入った。扉に付けられたベルが硬く涼しげな音を立てる。
 今日は話に夢中で殆どメモを取っていない。忘れる前に早く記事に起こさないとな。
 古川は自分を戒めると、待望の佐世保バーガーとアイスコーヒーを注文した後は、取り出したモバイルギアにひたすら文字を打ち込んでいた。佐世保バーガーは、手作りで、作り置きをしないで注文に応じて作り始めるというポリシーのもとに作られているので時間が掛かるのだが、記事をじっくり書きたい古川にとっては、好都合だった。それに期待していた観光名物が、ファーストフード的なノリだったらあまりにも切ない。
 少し遅めの昼食を終え、佐世保バーガーの余韻に浸りながら、2杯目のアイスコーヒーを注文した。今度はデザート代わりに、ミルクと、ガムシロップをたっぷり入れた。
 甘くまろやかなアイスコーヒーを半分ほど飲んだところで、要点を押さえた記事の大筋が出来た。 古川は、アイスコーヒーをちびりちびりと飲みながら記事を最初から確認していく。後の肉付けは、東京へ帰る電車の中でのんびりすればいい。記事は週刊誌用だ、急ぐことはない。記事は権田さんに送るにしても、渡すにしてもいいが、とにかく東京に帰ったら権田さんに連絡を取ろう。例の写真について探りを入れる必要がある。果たして権田さんは、どこまで河田さんとくっついているのか。。。それが分からなくては、権田さんが味方かどうかで、今後の動き方が大きく違ってくる。。。
 それにしても、問題は、河田さんが例の写真をどこまで重視しているか?だな。直接会って、写真を見せて、「これ、何でしょうね?」ととぼけて見せて反応を伺うか?単身では危険じゃないか?倉田さんは動いてくれるだろうが、立場上一緒に行動する訳にはいかない。真意を確かめる前に他のマスコミには公表したくないし。。。既に河田さんは、俺が3枚のDVDにコピーを取っていることを知っている。。。何故だ。。。きっと、東京の自宅を荒らされたに違いない。。。であれば、あのパソコンのデータは消されているだろう。DVDの書き込みソフトもアンインストールしたというのに、DVDに複製したことまでバレている。しかも枚数まで突き止められているのだ。きっと、あの船でパソコンを操作していた男にとっては造作もないことだろう。そこまでするということは。。。
 古川の背中に悪寒が走り、腹が痛くなる。アイスコーヒーの飲み過ぎが原因ではないのは明らかだ。おいおい、しっかりしてくれよ。
 とにかく河田さんの真意を確認しよう。荷物をまとめるとWindowsPhoneで、帰りの電車の時間を確認する。それに合わせて途中の宿も予約しよう。じっくり作戦を練りながら移動すればいいさ。。。
 ホテルのインターネット予約の画面が急に着信の画面に変わる。田原智行と言う文字が画面に踊る。あまりのタイミングの悪さに悪態をついた古川は、画面のバーをスライドさせて古川はすぐに電話に出た。
「はい、古川です。もしかして次の出港が決まったんですか?」
努めて明るい声を出す古川に応じることなく、一方的に田原の声が流れてくる。
-田原です。田中悦子さん。御存知ですよね。そう古川さんの元奥様ですが、今、石垣に来ていただいてます。
 どうですかね。先日お話しした写真データ、そろそろいい返事をもらえませんか?もちろん提示した金額で買い取りますよ。足りなければ上乗せしてもいい。とにかく奥様と会ってあげてください。-
「えっ、悦子が?何で?どういうことですか?関係ないでしょっ!」
古川の声が怒鳴り声になり、店の主人が古川に目を向ける。古川は店主に軽く頭を下げる。幸い、他の客は殆どいない。
-では、石垣でお待ちしております。-
 古川の質問には答えず。電話が切れた。
 クソっ。よりによって悦子を巻き添えにするとは。。。もう真意を探る必要は無くなっちまったぞ。。。
 残ったアイスコーヒーを一気に飲み干すと。荷物をもって立ち上がった。
 やってくれたな。。。こうなったら徹底的にやるしかない。心のどこかで河田に怯えていた古川は、自分の中で別の血が煮えたぎってくるのを感じた。
 久しぶりの感覚。。。海外のいくつもの紛争地帯で命を懸けて取材をしていた時と同じ野生の感覚。。。場所は、日本だが、今の俺にとっては同じになってしまった。命を懸けるべき戦場が目の前に出現したまでだ。俺は「本当の戦争」を知ってるんだ。見ていろ河田。。。
 古川は覚醒したもうひとりの自分に決意を新たにすると、新たに駅へ向かって歩き出した。

作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹