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尖閣~防人の末裔たち

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34.写真


 古川は、年代物のキーシリンダーに鍵を差し込み反時計回りに回す。「カチャン」と小気味よい音と心地よい手応えは、部屋の主である古川を迎えているようでもあり、ベージュに厚塗りされた重く古めかしい鉄の扉までもが愛おしく感じられた。
「ただいま~。」
扉を開けると、誰もいない玄関から熱気が出迎える。それは数日間閉じこめられ、夏の陽光に炙られた鉄筋コンクリート造りの壁に熱された惨状を主に訴えるかのようだった。
 古川は、一瞬顔をしかめると、荷物を床に置き、手早くカーテンを開け、窓という窓を開け放った。
 尖閣から戻って石垣島に一泊した古川は、Uターンラッシュに揉まれながら東京に戻ってきた。機内で手にした新聞や、道中目にしたニュースは、昨日の海上保安庁ヘリ銃撃事件で持ちきりだった。
 午後になると、内閣官房長官の記者会見が行われ、
「銃弾は中国製」
という見出しのニュースが多くなった。事は海上保安庁を管轄する国土交通省の範疇(はんちゅう)ではすまなくなったということだろう。
 古川は、荷物の整理を後回しにして届いたばかりであろう夕刊を床に並べる。
 まずは産業日報を広げた。
「海保ヘリ銃撃事件。弾丸は中国製、中国政府は発砲の事実認をめず。」
「「調査を続ける」一点張りの政府」
「中国海警船、領海内で日本漁船を追跡、銃を向けて威嚇」
「中国海軍、空母を実用化か?突如出現中国海軍戦闘機、海自P-3Cを領空内でロックオン!間に合わない空自スクランブル機」
「河田氏(元海上幕僚長)電話インタビュー。「何もできない、何も言えない日本政府。これじゃ属国宣言だ」」
「静観するアメリカ政府」
「中国政府、貿易制限を検討か?」
 見出しだけでも十分に緊迫感が伝わってきた。さすが権田さん、タイミングを計りながら情報を出している。
 さて、鳩ポッポさんはどうかな?
古川は、床に置いたもう旭日新聞手に取り、産業日報の上に広げた。
 報道業界の色は様々で、こと国際問題、安全保障に関する捉え方は流行廃りは無関係。大手であっても読み手に媚びない報道をしている。そういう観点で言うと産業日報は右翼的な鷹派新聞であり、旭日新聞は左翼的な鳩派新聞といえる。「旭日」という名前は右翼的だが、それもその筈、戦前は、最大手の新聞社で、軍部と共に国民を煽っていた新聞社である。戦後になって改心したのか?それとも時代に媚びたのか?今となってはその変貌ぶりを知る人は少ない。
 古川は、軍事ジャーナリストとしてフリーになってから、毎日この両極端な2紙を読み幅広い論点に触れると共に、さらに経済新聞も読んでいる。経済は、軍事問題と切っても切れない密接な関係にあるからだった。
 旭日新聞は
「海保ヘリ銃撃事件。弾丸は中国製、「発砲の事実なし」中国政府素早い対応」
「政府「調査を続ける」日中関係悪化必至か?」
「銃を向けた中国海警船の真相-煽る日本漁船。」
「中国海警船に海自P-3Cが威嚇飛行。中国空母戦闘機と一触即発。空自スクランブル機間に合わず」
「憤る駐日中国大使「日本は官民で中国を陥れるつもりか」」
「静観するアメリカ政府。日本への自制促す意図か?」
「どうなる日本経済、中国政府、レアアース輸出規制示唆」
見出しと内容にひと通り目を通した古川は、深い溜息をつくと、
「旭日は、いつもこうだ。」
と呟いた。どこの国の新聞だか分からなくなる。心の中で毒ついた。
 部数では産業日報はかなわなかったのだから、旭日新聞あるいは、旭日系のメディアの影響を受けることだろう。
 ま、俺はフリーの立場でせいぜい暴れさせていただくさっ。
 古川は気を取り直すと、新聞を滲ませた自分の汗に気付き、バスルームの棚から真新しいタオルを取り出し、汗を拭きながら部屋中の窓とカーテンを閉め、エアコンのスイッチを入れた。このアパートと同じぐらい古びたエアコンが騒々しい唸りと振動を発して騒々しい風音をたてる。すぐに冷たい風が容赦なく吹き出した。古くてうるさいが、すぐに冷えるので、古川にとっては合格点だった。冷えすぎるのが玉に瑕(きず)だが特にこんな暑い日はありがたい。
 続けて古川は、キッチンへ行って、コーヒーメーカーを仕掛ける。真夏の日に冷えすぎる部屋でホットなブラックコーヒーを飲みながら仕事をすることは、地球環境には良くないのかもしれないが何故か気持ちよく仕事が捗(はかど)る。
 古川は、リュックから荷物を取り出して手早に片付けを済ませると、お気に入りのB5サイズのノートパソコン「ThinkPad」の黒いボディーを机の上で開き、電源を繋いでスイッチボタンを押した。少し間をおき、パスワードを入力すると、起動するまでの間に一眼レフデジカメ2台からメモリーカードを取り出し、カードリーダを接続した。ノートパソコンの起動が完了して砂時計が消えると、古川は、カメラのメモリーカードから写真データをノートパソコンにコピーし始めた。画素数が大きくデータ量が多い一眼レフデジカメの写真データはノートパソコンにコピーするのに時間が掛かる。古川は、リュックの中からワープロ代わりに使っているモバイルギアを取り出してディスプレーを開く。そこには、ノートパソコンのようにキーが所狭しと顔を見せる。スイッチを入れると、一瞬にして白黒の画面に飛行機の中で書きかけだった原稿がスイッチを切ったときのまま浮かび上がる。
 いつでもどこでも文書を書ける。しかも電源は乾電池。15年前、まだノートパソコンが高価だった頃に流行ったハンドヘルドPCと呼ばれるこの手の機種を古川はいまだに重宝していた。
古川は書きかけの文書をざっと読み、書いていたときのイメージを確認すると、機関銃のような連続して素早いタイピングでモバイルギアに思いの丈を書きまくった。コーヒーのいい香りが誘惑してくる。
 ひとしきり書き終えると、古川はマグカップにコーヒーを注いでノートパソコンの画面を見る。写真のコピーは終わったようだ。
 古川は、マグカップを置くと、モバイルギアからコンパクトフラッシュと呼ばれるSDカードに比べたら四角いビスケットのように大きなメモリカードを取り出すと、ノートパソコンに接続したマルチカードリーダに取り付ける。モバイルギアで先ほどベタ打ちした文書を取り込みノートパソコンで開く。古川は、熱いコーヒーを啜(すす)りながら文書を修正していく。こういった作業には、パソコンの方が便利だ。明日の権田との打ち合わせで使う資料を着々と書き上げていく。今回の密着取材に関する週刊誌への寄稿文書のアウトラインに、単行本の構成、今後の取材方針など、特に負傷者搬送の舞台裏は手に汗を握モノだろう。それと中国の今後の空母運用と防衛については、マニア層は興味がそそられるだろうな。
 2杯目のコーヒーがさめた頃資料一式が書きあがった。古川は、メールの文面に資料の要約を打ち込むと、めぼしい写真と、資料を添付して送信ボタンを押した。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹