心霊探偵☆藤村沙織の事件簿
「どんぴしゃりでした!」
翌朝早くに事務所を飛び出していた沢田くんが、お昼過ぎに興奮した面持ちで戻ってきた。
「見てください、これ」
わたしのデスクに二枚の紙がならべられる。一枚は依頼人の少年が書いたもので、幽霊の出没した日時が記してある。もう一枚はどうやらあの病院で命を救われた患者のリストらしい。
「いいですか、最初に女の子の幽霊が現れたのは、一昨年の六月二日です。その三週間後に、末期の腎不全で入院していた少年が完治して退院しています」
リストを順に指で追ってゆく。
「つぎの目撃が八月の十九日。その半月後には、劇症肝炎で運び込まれた二十代の男性が退院しています。こんな感じで、調べてゆくと幽霊が現れた後には必ず重症患者が退院しているんですよ」
どうやら嫌な予感は当たったようだ。もう疑う余地はないだろう。
「所長のほうでも、なにかつかめましたか?」
興味津々で沢田くんが訊いてくるので、わたしは仕方なしに重たい口をひらいた。
「あそこの院長ね、三浦誠太郎っていうんだけど、それはいわゆる通名で、本名は徐水英。いちおう日本の医師免許は取得してるみたいだけれど」
「なるほど、中国人でしたか」
「しかもこれは県警二課にいる先輩から聞いた話なんだけど、税関と協力して密入国の一斉取り締まりをしたとき、ある蛇頭の大物が捕まったんですって。こいつが徐水英との関係をほのめかすような供述をしていたそうよ」
なんのことはない、ようするにくだんの病院はすでに警察から目をつけられていたのだ。
「じゃあ、きまりですね」
沢田くんと目でうなずき合う。
――臓器の密売。
あの病院は、中国から密入国させたひとたちの臓器を使って患者への移植治療をおこなっていたのだ。
権田さんのほうをチラッと見やる。黙々と電卓をたたいている。彼はわたしたちの話を耳にしたとき、すでに事件の真相を予測していたのだろう。だてにシンクタンクで分析員などやっていない。経済学者おそるべし。
「徐水英の兄弟は、本国で政府の高官をやってるらしいのよ」
「えっ、じゃあ国家ぐるみの犯罪ってことですか、信じられない」
沢田くんが持ち前の正義感から握りこぶしをつくる。
コホン、と権田さんの咳払いが聞こえた。
「ああ、沢田さんは、カール・マルクスの資本論をお読みになったことは?」
老眼鏡を指で押しあげながら訊いてくる。
「あ、いえ、ぼく法学部だったものですから」
学部は関係ないと思うが。
「マルクス主義の思想に、弁証法的唯物論というのがありましてな。分かりやすく言うならば、国民の財産はすべて国家の共有物だという考えかたです。この場合の財産とは金品や不動産だけでなく、それこそ国民の髪の毛一本から爪の先まですべてを指して言うのですが」
「じゃ、じゃあ臓器や目玉も国家のものだといいたいわけですか……そんなバカな」
動揺する沢田くんの肩をポンとたたいた。
「おたがい共産国に生まれなくて良かったわね」
「まったくですよ」
権田さんは湯呑みをズズーッとすすってから、まぶしそうに目を細めた。
「でも、これだけは覚えておいてください。供給があるということは、それに見合うだけの需要が存在するということなのです。経済学的な見地から言わせてもらえば、すべての犯罪は、収支のバランスのうえに成り立っているのですよ」
ううむ、老人おそるべし、言うことにいちいち重みがあるわ。うちで赤字の財務管理なんてやらせてよい人材じゃないのかもしれない。
「ところで所長」
権田さんは曲がった腰でヨチヨチ歩くと、わたしの目のまえにクリップでまとめた領収書のたばを置いた。
「今回の調査にかかった経費ですが、依頼人あてに請求書をお作りしておきましょうか」
わたしはちょっと迷ってから、その領収書を丸めてくずかごへ放った。
たしかに共産主義にも問題はあるけれど……。
「資本主義の、こういうところが嫌いなのよね」
沢田くんと権田さんは「やっぱりね」という顔を見合わせると、同時に深いため息をついた。
※ この小説はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
作品名:心霊探偵☆藤村沙織の事件簿 作家名:Joe le 卓司