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かいなに擁かれて 第十章

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 あの日以来、裕介は魅華とは逢っていない。
 裕介は自分の内にある魅華への想いと向き合って、考え続けていた。ずっとずっと考えて見えない底が尽きるまで自分の内に向き合った。吐き出すだけ吐き出して、底が尽きて吐き出すモノがもう無くなって、やがて自分という人間を自身で冷静に眺めることが出来始めたような気がした。
 榊裕介は自分の仕事に対してもそうであるように、これまではどんなことに対しても力で自分の目指す全てのモノを力で平伏せようとしていたのかも知れない、と。それが自身の誇りであるようにその思いは誰にも譲れるものではなかった。
自分の意に反する全ての事には、絶対的な自信と信念を基にした自らの誇りを誇示するように、全否定を前提に押し付けて、魅華を守り支えたいという想いも、結局は魅華を自分以外の人間から隔離し、自分だけに彼女を閉じ込める為の高い砦を作らせることを望み、自分に魅華を封じ込め独占し、また自分も魅華に独占され、それに従順に従い向かい合う二人の姿こそが確かな愛情だと信じていた誤り。
 愛情は、決して力で繋ぎ止めようはあろうはずもないということを。
 自分以外の者に向ける一句挙動の全てを、その仕草さえも嫉妬に満ちた言動で力任せに想いを投げつけてきた自分。
 拒絶されたのは自分ではなく、退けられる自分を自身で創りあげていたのではないのかと。
 裕介は、今自分が思うことが正しいのかどうかは分からない。けれども少なくとも魅華には長年気付くことも無かった自分という人間を気付かしてくれたのではないかと思った。
 裕介の魅華への想いは、変わりはしない。
 今でもこの瞬間も、ちぎれるような想いを魅華に擁いている。
 誰かを愛することがこんなにも苦しいことだとは思わなかった。
 会いたい気持ち。自分だけに想いを向けられたいと思う気持ち。
 それと同じくらい、誰でも何かに対する思いや考えが存在していて、そもそもそれらは同じ土俵で立つはずもないことを比べてみたり、優劣をつけてみたくなったり。
 恋をするっていうのはそんな残酷な繰り返しなのかも知れない。
 正解のない自問自答に苦しんだ挙句、一番大切なひとを責め失ってしまうのかもしれない、と。
 もしかしたら、魅華はそれを知っているから『ごめんなさい。やっぱりワタシは今、一人の人とちゃんと向き合って、付き合うのは無理だって気付いた。』と打ち明けたのかも知れないし、自分勝手なように見えるけれど、本当は何かと何かを比べたり正解のない答えを彼女は探したくなかったのではないのかと裕介は思った。
 やがて裕介は、魅華との全ての繋がりを失うことよりも、心の片隅で彼女の言うベストの関係も悪くはないと思い始めたのだった。


            ※
 玄関のチャイムが鳴った。
 インターホンのモニターで見ると、宅配の荷物が届いたようだった。受け取った荷物を見ると、『満中陰志』とあった。

 高柳杏子からだった。
 中には短い手紙があった。
 その節は大変お世話になり有難う御座いました。
 故高柳正義儀の満中陰を向かえここにお礼申し上げます。
 デパートのギフト券の入った箱の上にその手紙はあった。

 他人行儀なその手紙がかえって、裕介に杏子痛々しさを伝えた。
 その手紙をデスクの引き出しの中にしまおうとして、ふと裕介は、高柳正義の遺した手紙を未だに読んではいなかったことを思い出した。もっと早くに読むべきだったのだろうけれど、何故か封を切る勇気が無かった。何度か読んで見ようとして手にとる度に、妙な胸騒ぎにも似た嫌な気分に襲われて仕方なったからだ。
 しかし、何時かは読まなくては成らないだろうという覚悟もどこかにあった。それがもしかしたら今なのかも知れないと、裕介は意を決して、引き出しの奥にしまってあった、高柳正義の遺した封書の封を切った。
 そこには、かつての筆圧の強い右に跳ね上がった特徴ある高柳正義の書いた字とは思えぬほどの弱弱しい文字で綴られていた。

榊裕介殿
これを君が読む頃には私はもうこの世に居ない。
この手紙をもって私の最後の頼みとしたい。
かつて私がプロジェクトの推進責任者であった頃に起きた事故のことは知っての通りだ。
あの事故が無かったら妻や杏子には辛く悲しい思いをさせることも無かったと思う。
そしてあの事故から十五年後、第四期のプロジェクトが発足し、その推進責任者に君を強く推したのは私だ。
君意外には考えられなかったからだ。君は期待通りにその手腕を残すことなく発揮して大きな成果と結果を残してくれた。
技術者として素晴らしいと思う。しかしその反面君には大きな犠牲を払わせた。そして杏子に。
かつて私がそうであったように、男の仕事という美名の下に、君も杏子に寂しさと辛さを与えた。
杏子が高校生だった頃、病床に倒れ余命幾許も無い妻だと知りつつも私は妻と杏子に寄り添うことが出来なかった。
君にはそうあって欲しくなかった。
杏子をもう赦してやってはくれないだろうか。
あの子は寂しかっただけだ。
君が長期に渡って中国であのプロジェクトに携わる間ずっとずっと寂しかったんだよ。
そんな日々の中で杏子は彼に再会したんだよ。
浮気とか軽々しい出逢いとか、単なる寂しさを紛らわす為の遊びなんかでは無くて、もっと深い過去の繋がりが杏子と彼にはあったのです。
君には、ずっと黙っていて申し訳なかった。
私はかつて、ある病院に勤務していた看護師に恋をした。
しかし、私が想いを打ち明けた時にはその人は身篭っていた。
彼女は病院を辞めてたった独りで女の子を産んだ。
私は諦めようとした。
彼女は育児をしながら独りで生活をするうちに心身ともに疲れ果て、育児を放棄した。そして、その女の子は一時的に乳児院から児童福祉施設へと引き取られ成長した。
年月が過ぎても、やっぱり私はどうしても彼女を忘れることが出来なかった。
そして、彼女に再び想いを告げて一緒になった。
私は杏子を娘として引き取った。
杏子と私は血の繋がりはない。
杏子は高校に入った頃、恋をした。
彼は、家にもよく遊びにきた。
そして、彼の名を知ったとき、私は運命の巡り合わせを恨んだ。
彼は、妻が看護師だった頃の妻の先輩看護師の息子だった。
彼の名は、中津川徹。彼の母もまた、私の妻と同じように一人の男に弄ばれて捨てられた女だった。
二人は施設で知り合った。
杏子は彼をお兄ちゃん、お兄ちゃんと慕った。
杏子は中津川徹少年に恋をした。
異母兄とは知らずに。
杏子の初恋だった。
中津川徹も杏子に恋をした。異母妹とは知らずに。
杏子と中津川徹は異母兄妹だ。
血の繋がった二人を当然に許す訳にはゆかず、私はその理由も告げずに、生木を裂くように二人を引き離した。
真実を二人に話すことが出来なかった。
中津川徹の母が亡くなって、
施設で高校まで過ごし彼は、中津川家の三男として養子となった。
そして、娘の徹への想いを断ち切らせるために君を杏子に近づけてやがて結婚させた。
もう何も心配することなく杏子は幸せになれると私は願った。
平穏な歳月が訪れて私は安心した。
それなのに、運命とは全く予想もつかない出来事が起きた。
作品名:かいなに擁かれて 第十章 作家名:ヒロ