かいなに擁かれて 第四章
自分の意思には関係無く突然に視えるモノを除けば、頼まれて視ようとするモノは、まるで魅華の命を削る事と引き替えに、現れるのだ――。
人は誰かの、何かの、尊い犠牲の上に成り立っているのかも知れない。
「魅華ちゃん、準備どう? 進んでいるの」
ようやく一段落付いたのか、雅代はカウンター越しに立った。濡れた手を拭きながら、
「会場決まった? まだなら駅前のほら、ショッピングモール有るでしょう。あそこの三階のサロンはどうなの? 広くはないらしいけどクラシックのリサイタルもよくやってるみたいよ」
「まだ決まってないの。安宅サロンでしょう。あそこは立派よ。一流だもの。だけどワタシなんかには無理だわ……」
「それがね、信ちゃんに話したのよ。魅華ちゃんがソロをやるって。そしたら、『会場は?』て、聞いたから多分まだ決まってないよって言ったらね、安宅サロンはどうだって。オーナーの息子さんと同級生らしいよ。以前にも誰かに紹介してあげたみたいよ。会場費を売れたチケット代の半分で交渉出来るって言ってたよ。どう? ピアノも良いのが置いてあるらしいわよ」
いつの間に作ったのか、雅代は出し巻きを魅華の前に置きながら云った。
「信ちゃんて、自動車屋さんの信ちゃんだよね。ありがたいけど無理だわ。うん。確かにあそこは最高だよ。ピアノも。だけど、買って貰えるかどうかも分からないチケット代の半分なんて、そんな勝手なこと頼めないわ」
出し巻きに箸をつける。何時もの味だ。
「そんなことを言ってたら、何時まで経ってもソロなんて出来ないでしょ! 信ちゃんはね、応援しているんだよ、アナタの事を。もうずっと、ずっと前からだよ。魅華ちゃんがウチに来た頃からずっと。ここで知り合った彼と結婚した時も、離婚した時もね――」
(この人は変わらないなと思った。何時もどんな時も何度でも導いてくれる。背中を押してくれるのだ)
「うん。そうだよね。ありがとう」
この日、久し振りに心地良い酔いに包まれて魅華は眠りについた。
次章へつづく
作品名:かいなに擁かれて 第四章 作家名:ヒロ