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水中花 1

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 二人が歩いていると、恭介の後ろから誰かがぶつかってきた。それに押され、恭介が躓き、顔を上げるとそこには見覚えのある顔があった。雪と会う前、父親といたときに見つけたあの家族の少女であった。テレビに出てきてもおかしくない、子役にいそうな顔。それがぶつかってきたのだ。大丈夫?とき聞く雪の横で、打った膝の痛みがじんじんと広がっていく。
「ごめんなさい、お父さんと間違えちゃった」
恭介は自分の勘の悪さを恥じた。少女から発せられた声は女の子の物ではなかった。よく見ると、その顔は少年の物であった。彼はほんとうにダメな人間であった。
「大丈夫だよ。けがはないかい?」
大丈夫と少年は頷き、本当の父親のほうへ走っていった。右手にはミッキーのぬいぐるみがあった。
「東京から帰ってきたのかな」
雪がそういうまでそこすらも恭介は勘違いしていた。

 検査場の前で二人は何も話さず、ただ立っていた。限界まで一緒にいようと恭介が言うと、雪もうなずいた。時計の針が進み、周りの人がどんどんゲートを抜けていく中、二人はずっとそこにいた。
「もう行かなきゃ。がんばってくるよ」
待ってと雪が声を出し、恭介の左手を握ってきた。
「抱き着くのは恥ずかしいから、せめて手ぐらい握らせて」
そういって掴んできた手は柔らかく、雪しか持っていないこの感触に少し興奮した。握力がない彼女であったが、これまでで一番強く握っているようで、少し痛かった。その強さに紛れている、震えている手に気づくのはやはり恭介が恋愛においてのみ特化しているからであり、彼は震えている手を右手で握りなおした。
「大丈夫。ちゃんと帰ってくる。次会うときは思いっきり抱きしめるからね」
場所を選んでねと笑う彼女の目から涙がこぼれているように見えるのは気のせいであり、実際彼女は泣いていない。けれど、泣きたいのだろう。雪の手からそういう感情が流れ込んでくる。手を離すその瞬間に何かが零れ落ちるように思えた。その瞬間に彼女の目に丸い水滴が現れ、そこに彼の姿が映りこんだ。その水中のものは彼女を悲しませる残酷で、残忍なものでしかなかった。
作品名:水中花 1 作家名:晴(ハル)