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新雪

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新雪 冬

雨でない、雪だ。青ではない、白の水が私の頭に、肩に、鞄に降り、体の色を変えることなく、体を濡らしていく。面白いことに白の水は私の体の色は変えないくせに、ズボンや服の色を色濃く染めるのだ。絵の具の法則が通用しない、なんとも不可解な数式が私の服の上で繰り広げられている。まっすぐ伸びる道にも雪が降り続け、アスファルトと土の地面の境目をなくし、乱立する群生林は私の足元まで、アスファルトをうまく潜り抜け、根っこを伸ばしているようにも思える。私を躓かせるためなのか、しかもその表面は白い雪で覆われ、はっきりとは見えないのだ。ありえないはずの出来事を想像し、その想像は現実に現れることなく、私の内側だけで存在する。仮に私の足元まで現実に根が伸びてきたならひょいっと飛び越えるとか、持っているライターとかで焼き払うとか、そういうことができるのだが、こうも内側だけで繰り広げられるとどうにもできない。そうだ、焼き払うのは実に面白そうだ。初めに雪を融かし、次に…。

 
 「どこまでいくの?」
私が歩く後ろからそう聞こえた。珍しく曲がった道のせいで、後ろには道はない。雪はちゃんと降っている。それ以外、私が感じて確かなものはなかった。
「むこうに湖があるんだ。なんとかとかいうサイトにものすごく透明度が高いって書いてあったんだ。そこまでいこうかなって」
「でもこの雪だけん、凍っているんじゃない?」
凍る、白い水が透明な湖を濁らせているのでないか。私はそちらをかなり心配していた。雪や雨が降るので、子どもははじゃぎ、通勤ラッシュのサラリーマンは遅延を気にしているのだろう。私はその汚染を気にしている。
「仮に凍っていても、その表面の反射はきっときれいだよ。向こうの空は白くなっていないし、きっと太陽が見えるさ」
「そうかな。それに雪が降ってるけん、氷の上に雪がサーって降り積もってんじゃない?」
「それでも綺麗さ。白の湖なんてそう見れないさ」
湖の汚染は同時に新しい湖の出現を助けるものだと自分で自分の懸念を振り払った。雪はさらに量を増し、視界に白の斑点がはっきりとしてきた。一度曲がった後、私はずっと道をまっすぐ進んでいた。こんな山道にここまでまっすぐな道があっていいのかと少しばかりの不安のようなものもあらわれたが、歩きながら交わされる言葉のおかげでそういう悪いものは一切具現化しなかった。目に見えるものは雪とそれに伴う景色だけ。何とも純粋で、何とも単純な世界が広がっていく。
 次々に更新される景色の中で、一つだけ変わらない声は、私の心を地に落ち着かせた。白い幻想的な空間を歩いていると、どうも心というか、体の内側がふわっと浮かんでいくような気がしてならないのだ。確かに刻んだ足跡は、雪の形を変え、白い平面に窪みを作り出す。ゆっくり進んだ足跡はまっすぐ伸びる道と同じようにまっすぐ伸びていく。地面も草も木も空もすべての自然は白に染まり、私の視界を支配するが、なんとか立体的に見えるように自然たちもところどころ色を残しているのが、これぐらいあればちゃんと進めるだろう、感謝しろよと言われているようで、そばの美しい景色を厭うようになってしまった。
 雪が作り出した嫌悪感、人とは違う嫌悪感。どこまでが雪のせいで、どこからが私の妄想なのか。地面はもう人工物と自然の境目という概念をなくしていた。
 細かい雪が道路の凹凸を平らにして、私の靴底を滑らせる。二、三度転びそうになり、体の軸で何とか支え、先に進む。作った足跡は雪に埋もれ、少し前の足跡はもうそこにない。それぐらい本降りになってきた。かろうじて背の高い木が道の存在を示し、私はそれだけを頼りに進んでいく。緑の葉は白に染まり、かろうじて木であることがわかる。ここはそういう曖昧な世界なのだ。
 こうも曖昧な世界に生きていると、これは私の感受性を試しているのではないかと考え始めた。いや、ここへ来たのは自分の意思で、誰かの意図が入りこむはずがないのだが、それでもどうもそう思えて仕方ない。この景色をただの雪景色と形容すれば、ただそれだけのものになり、どうにか常人の感性を逸脱して、例えば、雪が降る音を想像したり、そういうことをすれば、この景色は少なくとも普通の物ではなくなる。そういう試練を与えられているのではないか。どこまで狂った想像ができるか。
 曖昧な世界の中で、一か所だけ、雪が積もらず、土の色を露出している場所があった。
「あそこ、雪がないね」
また声が聞こえる。そうだなと普通に返したが、行ってみようよと左腕を引っ張られる。仕方なくそこに行くと、確かにそこだけ雪がなかった。いや、無くはないのだが、かなり少ない。雪と土の境目はやはり曖昧なもので、明確にここからという線引きができない。
「ねえ、きっとここには何かが寝ていたのよ。まだ温かいときに眠ってしまったものだから、きっと驚いたでしょうね。起きてみたら自分の体が雪に埋まっているのだもの。見て。雪がないところの周りだけもこってしているでしょう?あれは体に乗っかった雪をブルって払ったのね。猫かしら、キツネかしら。もしかしたら熊かもしれないわね」
土の前に座り込み、その周辺をじっくりと観察している。短いスカートなど滅多に着ないはずだが、今日は素肌が見える。いや、スカートははかないはずだったが、どういう風の吹き回しだろうか。
「いや、熊はあんなに小さくないだろう」
私がそう言うと、そうねと小さく呟いた気がしたが、それは雪の音だったのかもしれない。
 雪が降っている通り、今日はかなり寒い日であった。この地域はそう頻繁に雪が降ったりする地域ではないのだが、私が変なことをやろうとするとやはり天候が崩れる。昔の大男からやはり引き継いでいるのだろう。あいつは今頃どこで何をしているのだろうか。
 あいつのことをここで細かく話す気はないが、私は少し前から人から様々なものを受け継いできた。そしてその多く、いや、ほとんどは私の生活に悪いもので、どうにか無くせないものかと悩んでもみたが、やはり状況は変わらなかった。今日の悪天候もその一つで、やはりあの飛行機に乗った私が悪いのだろうか。もう一時間後の便に乗っていたのならば、この何とも言えない悪癖は現れることなく過ごせていたのだろうか。
 しかし、いつもはうんざりする悪天候だが、今日のは少し違う。都会とここでは天候ですら様子をかえるのだ。私のあらゆる気持ちも、細かく降り続ける雪に紛れて細かく裁断され、もう一度地面に降り積もり、平らになる。その表面を私は改めて足を使い歩き、気持ちとして取り入れる。そういった経験だった。雪は降りやまない。

 かなり道のりに進み、雪景色に目が慣れ、ただの一部になり始めてきたとき、私はこの景色に対して飽きの感情を持った。たった数時間の歩行、ただそれだけしかやっていないのだが、その反復の中で同じく反復される雪も同時に飽きたのだ。ただ今更道を引き返すわけにもいかない。前にも後ろにも同じ雪景色が広がり、同じ道が続いている。もう戻る場所はどこにもない。
 道が平凡な平ら道から急な坂に切り替わった。それでも横に曲がることは一切なかった。進む方角は必ず一致する。
作品名:新雪 作家名:晴(ハル)