カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ
「人間ウォッチングは一人でやりなさいよ。ホント、今度のレセプションには、メグさんこそ連れて行きたいわ」
呆れながらも、大須賀を親しげに愛称で呼んだ吉谷は、自分の弁当箱を手早く片付けると、ゆったりと缶コーヒーを飲み始めた。
「あ、さっき言ってたレセプション? それ、何なんですか?」
「昔、東欧に駐在してた時に知り合ったフランス人の友達が、今、在京大使館に勤めててさ。金曜に独立記念日のレセプションやるから、って招待してくれたの。他の知り合いも結構来るみたいで」
「わお、なんかセレブな感じ。ご飯もワインも期待できそうじゃないですか」
大須賀は、直轄チームにいる1等空尉と同じようなことを口にした。
「お子さんは旦那さんに?」
「うん。その日は、たまたま会社の行事か何かで、半日で帰れるっていうから。でもさ、私、いつも定時上がりで子供迎えにいってる身だから、飲み会みたいな場所に顔出すのはなんだかね。他の人に悪いなあと思ってたんだけど……」
吉谷が長を務める総務課文書班は、内部部局の文書課などと違い、取り扱う対象が統合情報局内のものに限られるため、さほど業務量は多くなかった。課業時間外に突発的な対応を迫られることも、ほとんどない。それでも、子育てをしながら働く者としては、班員や調整先の人間と良好な関係を維持するために、細かいところで気を遣わずにはいられないようだった。
「別にぃ、関係ないじゃないですかあ」
大須賀は、先輩の気がかりをあっけらかんと吹き飛ばした。
「なんぼ残業するかより、効率でしょ? うちで吉谷さんより効率的な人、いませんって」
ローズピンクの大きな口が陽気に笑う。吉谷が十歳年下の大須賀と旧友のように仲が良いのは、彼女のひどく鷹揚な性格が気に入っているからなのだろう、と美紗は思った。そんな「ライバル」が、少し羨ましい。
吉谷は大須賀につられてクスリと笑うと、
「でも結局ね、仕事として出ることになったの」
と、肩をすくめた。
「お仕事?」
「うん。最初の一時間くらい、第1部長殿の奥さん役をしろって言われて」
美紗は思わず「えっ」と声をもらした。しかし、大須賀がその五倍くらいの音量で、美紗の声をかき消した。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ 作家名:弦巻 耀