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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(8)-新たな女



 その週の木曜日の夕方、東南アジア全域の情勢分析を担う第5部のミーティングに顔を出した美紗は、会議が終わった後も、所属部の専門官たちとしばらく話し込んだ。
 年度初めに第5部を一人で担当するようになってから四カ月以上が経ち、調整先との人間関係もそれなりにできていた。所掌範囲を勉強中の美紗に、第5部の人間は、快く専門分野の知識を教えてくれる。その見返りに、美紗の側は、第1部で仕入れた人事の噂や事業計画に関わる情報を「オフレコ」で提供した。
 そのような「持ちつ持たれつ」のやり方を教えてくれたのは、第1部長の日垣貴仁だった。

 美紗がようやく調整先を後にしたのは、六時も過ぎてからだった。一つ上の階にある第1部に戻ろうと階段を上がってきたところで、頭上から、やや甲高い女の声が聞こえてきた。
「どうして私じゃダメなんですか」
 ひどく感情的な物言いに、反射的に足が止まる。あまり聞きなれない声。吉谷綾子ではない。すべてにおいて洗練されている大先輩は、間違っても、職場で声を張り上げるようなことはしない。
「……そういう問題じゃない。今回は――だ。君は何か誤解……」
 相手の男の言葉は、低くくぐもっていて明瞭には聞こえない。しかし、声の主が日垣貴仁であることは分かった。
「年が若いからですか? 経験がないから? それで、ダメだって言われるんですか?」
 若そうな声が、1等空佐を相手に、無遠慮にまくしてている。美紗は、足音を立てないように、残りの階段をそっと上り、エレベーターホールにつながる階段出口にたどり着くと、そこからわずかに顔を出した。人気のない廊下で、地味な紺色のワンピースにカーディガンを羽織った女が、日垣の行く手を遮るように立っていた。
 八嶋香織だ。美紗は息を飲んで、壁際に身を隠した。以前、吉谷や大須賀に啖呵を切った八嶋が、日垣に何か抗議している。日垣のほうも言葉を返すが、女の声ばかりがエレベーターホールに反響し、会話の流れはあまりつかめない。
「吉谷さんのほうがいいなんて、あの人は……。そんなの、納得できません!」
「良い悪いという話では……」
 美紗は、手にしていた書類ファイルをぎゅっと抱きしめた。以前、大須賀が奇妙なことを言っていたのを、急に思い出した。